随筆「東京モノローグ」アーカイブでタグ「環境」が付けられているもの

workbook.jpg 77話を記念して、という訳ではないですが、7,000字余りの大作?!をお届けします。グリーン購入ネットワークでの筆者の仕事に関する論文です(→こちらからどうぞ)。ご興味を持たれた方は、おたよりください。冊子のサンプルを差し上げます。

☆おかげさまで「東京モノローグ」、4年目に突入です。

 荒川クリーンエイド・フォーラムの委員をやっている都合上、やはり荒川の源流はこの目で見るなり、直に触れるなりしておく必要があろう、とわかっていながらも、正直なところなかなか行く機会がなかった筆者である。9月11日からは台風14号に刺激された前線の影響で東海地方を中心に記録的大雨となり、災禍をもたらしたが、その影響を受ける前の土曜・日曜に出かけられたのは、本当に幸運、というか何かの思し召しだったようにさえ思う。埼玉県にありながら、群馬・長野・山梨・東京に囲まれた県境の、そして川の道・山の道が行き交う村、大滝村をようやく訪ねる。荒川クリーンエイド・フォーラム主催、その名も「大滝村セミナー」である。ここで荒川の水源の話や三峰神社のことを書こうものなら、随筆にとどまらず、○○紀行のようになってしまうので、今回はグッとこらえて?!二日目午前中に作業体験した間伐について記すことにする。

 宿泊したのは埼玉県立 大滝グリーンスクール。この裏手の山林がその間伐体験のフィールドである。わりとラクな作業のように聞いていたので、安直にも半ズボンで臨んだら、とんでもない話で、結構急峻な斜面、かつ枝葉の茂みがところどころ深くなっているような林地だったので、足場が安定せず、下りるのにのっけからひと苦労である。下りきってようやく一息つく。この日は朝から好天だったので、木漏れ日が差し込む感じが心地よい。ふと見上げるとどれもそれなりの高さの杉木である。その木の枝もそれなりの高さのところまで削ぎ落としてあるので、見上げない限り(通常の視線の範囲で)は柱に囲まれたような感じである。見渡す範囲では、さていったいどれが間伐材で、どれを切り倒すのか、皆目見当がつかなかったが、いやはやそのそれなりの高さの杉(直径20cm、樹齢40~50年!)が間伐対象、というから驚いた。筆者はこの時まで、さほど年数の経っていない低木を間引きする=間伐 と大きな勘違いしていたので思わず絶句、である。ヘルメットにナタ、そしてノコギリが各自にあてがわれたので、イヤな予感はしていたのだが、ここからは実に重労働である。初心者なのでちゃんとわかっている訳ではないが、この時教わった手順を記憶の限り書き出してみようと思う。

  1. 残す木と伐採する木を選別する。

     これまでに何本も伐採された後なので、一から手をつける場合とは異なると思うが、それでも育てる木とそうでない木はあって、例えばちょっと幹が傾き気味なものは伐り、隣り合う木で比較して、より枝振りがいい方を残すといった感じで、間伐対象が決まっていく。
  2. 間伐する木の相応の高さにロープをかける。もう一方のロープの端は、上方でつなぎ止める。

     予め長めのロープを用意し、大きめの輪をかけて幹にかける。長い枝や尺などでその輪を人の背丈よりもずっと高い位置に持っていったら輪を縛る。この時の輪の作り方・結び目の作り方は説明しにくい(というか呑み込めなかった)ので省くが、ともかくロープを括り付けておく。一方のロープの端は斜面の上の方でキープしておき、間伐する木が倒れそうになるまで、ひとまず手頃な木の幹に結わえておく。
  3. 「受け口」

     倒れる方向に対し、地面から高さ20cm程のところに、まずはノコギリで3cmばかり水平に切り込んでいく(_で示す)。その切り込んだところの線を下辺にして45°角(/←この角度)で、今度はナタで削り込んでいく。_の3cmの切り込みに/が加わって、受け口になる訳だが、ナタを扱い馴れていない筆者はえらい苦労して"/"が保てるよう作業を続けた。とにかく目標とするところにうまく入っていかないのである。ナタで削り出すと木片が生々しく、痛々しく、どうも心情的に引け目を感じて作業が捗らなかったのかも知れない。
  4. 「追い口」

     受け口ができたら、今度は反対側(倒す力をかける方向)に切り込みを入れる。この時、受け口よりも15~20cm程高い位置から切り込みを入れるのがポイント。受け口と追い口は段違いになる。すでに伐採した後の切り株を見ると、確かに階段状になっているので合点がいった。

     受け口の開く向きも重要だが、追い口も切り込む角度や水平度などによって、倒れる向きが微妙に変わってくるので、とっかかりから切り進むまで慎重さが要求される。ノコギリでギコギコやる訳だが、慎重を期してゆっくりやってもなかなかうまく進まない。一定速度でテンポよくやれればいいのだが、それは熟達した職人技が必要な領域だろう。しかし職人とてうまく進まない時がある。その状態を「渋い」と称するが、渋い時は、先に渡したロープの出番で、倒す方向に沿って上からロープを引くと、追い口にかかる木の重圧が軽くなって、円滑にノコギリが進むようになる。この渋さの原因は、例えば斜面が南向きの場合、木の上部の枝が南に偏って伸びていたりすると、追い口側に枝が集中する故、その重みが加わることも一つにあると言う。
  5. ロープで誘導しながら引き倒す。

     追い口が順調に進むと、木自体の重さで傾き始める。その頃合いを見計らって、すぐさま上方でとめてあったロープの一端を何人かで支え、人為的に倒れる方向を誘導するのに備える。一度傾き出すとあとは加速度的に倒れてしまうので、予めロープをうまく手繰って、都合のよい位置に引き倒すようにしないといけない。(筆者が3本目を引き倒した際、受け口の角度の加減もあったが、狙い通りの場所に倒れず、ヒヤっとさせられた。ケガや事故にもつながるから、重々注意したい。)
  6. 枝を払いながら、2m間隔で切り分ける。

    000910.jpg 倒れた根元の部分から、2m間隔になるよう尺棒で計りながら、ノコギリで印しを付けて切り分けていく。印しは他の人が見てもわかるように、実際に切る部分を中央線にして、その両脇に同じように線を付け、|||のようにする。一本線だけだと、何かのキズと見間違えることもあるから、3本線。「なるほど!」である。

     根元の方はもともと枝がないから、単に切っていくだけだが、上の方はまだまだ枝が残っているので、枝を付け根からナタで刈り落としつつ、ノコギリで切断することになる。さて、この切断作業もノコギリがちゃんとまっすぐにいかなかったり、倒れた後だというのに、何となく渋かったりで、思うように進まない。仰向けの部分を切り進んだら、今度は反対側(うつ伏せの部分)から切っていって、途中で合流する、という方法で切っていって、やっとこさである。
  7. 担ぎ出す。

     切断作業ですでにお疲れモードの身に追い討ちをかけるような搬出作業が待っていた。上の方の丸太が軽いことを知った時は後の祭り。根元の方は木の形状上、やや太くなっているせいもあって、とにかく重い。3人がかりで何とか運び出したが、そもそも丸太には取っ手なんてないから、運びにくいことこの上ない。抱きかかえるようにして、それなりの勾配の斜面を這い上がっていくのだから途方もない作業である(おまけに半ズボンだし、スニーカーも滑るし)。自身の体力のなさ、根性の乏しさを思い知らされた格好となった。トホホ...(-_-)

 若手がこぞって作業したのも関わらず、わりと下の方の木を選んで、切って、運び出したものだから、2本間伐したところで皆ヘトヘトである。若者?!にもキツイ作業と言ったら怒られそうだが。(本稿を書いているうちに、腕やら手の痛みが呼び起こされてしまった。イテテ...)

 3本目はチェンソーの力を借りて、一気の作業である。倒した後で、上の方を切断する際に試しに使わせてもらったが、いわゆるアクセルにあたる部分の加減が難しい。切り進む途中でどうしてもひっかかってしまうのだが、ムリにアクセルをかけたところで空回りするばかり。軽くふかせばいい、と言われても、ひっかかるとついムキになってしまうのが哀しい。ともあれ、3本目の切り出しを終えたところで、今回の体験作業はひとまずおしまいとなった。

 切り出した丸太の樹皮は面白いように剥がれてゆく。ちょうど栗の渋皮がうまく剥けた時や、ゆで卵の殻が薄膜と一緒にきれいに剥けた時と同じような感覚である。この時期(彼岸が過ぎたあたりまで)は剥がしやすいのだそうだ。樹皮を剥ぐと、実に艶やかで美しい。樹液がしっとりと覆っていて、光沢がある。樹皮の方にも樹液がついていて、杉の匂いがほのかに香る。樹液を舐めたら、何となく甘いような渋いような... 五感を使って木を感じるっていうのはこういうことを言うのだろうか、なかなか得難い体験である。

 最後に、間伐体験記念として手頃な厚さで丸太を自分で切って、持ち帰らせてもらった。四苦八苦しながらもチェンソーでバッサリやったので、ノコギリで切るのと違って断面が粗削りである。記念は記念だからまぁよしとして、あとは自分で磨けばいいや。年輪は日が当たっていた部分の間隔が広く、日陰の方ほど密になっている。理科の授業で習った通りだが、こうしてマジマジと見るのも初めてのような気がする。年輪の数を数えると確かに40以上はある。何とも歴史深く趣深い間伐材である。

 東京近県にある山林でこの有様、というかここは体験林なので手入れが行き届いている方だと思うが、同じ大滝村でも手が回らない山林は数多ある。日本全体、特に過疎地の山林に目を向ければ、国有林・民有林問わず、手付かずのまま放置されているケースが大多数だろう。間伐を進め、山林を維持するには、間伐材市場を軌道に乗せることも大事だが、その山林の所有者が自覚を以って手塩にかける努力が欠かせない、とこれはセミナーに合流してくれた地元村会議員さんの言葉である。何しろ、30~40年放っておけば、山林がまるごと資金源になる、というバブルめいた幻想を持っている人がまだまだ多い、というあたり、問題の根は深そうだ。高度経済成長期には堅調な木材需要があったろうから当てはまった話である。今はどうか。仮に立派に育った木があったとしてもどれほどの値打ちがつくのか、疑わしい限りである。下草を刈り、適度に枝打ちし、間伐を着実に行い、間伐材の有効利用を確保し、本当に値打ちのある木を育て・残す。それがひいては森全体を守り、その山林に源を発する川を育み、土や水や空気を涵養することになるのだろう。

 話は変わるが、日本の割り箸は安価な外材が全体の8~9割を占めると聞く。割り箸そのものに国産材しかも間伐材であることがわかる工夫があるなら、それを使うに超したことはない。しかし、間伐材で割り箸を作る生産性や収益性が高いならともかく、外材で出来た割り箸と価格競争を強いられるなら、分が悪いのは明らかだし、間伐材製品とわかったところで、割高なものを選択的に使ってもらうのは現実性に欠ける感じがする。(もちろん価格競争力がつくまで需要を喚起するのも肝要ではあるが。) 学生食堂では強いて割り箸を使うところが増えているようだが、それは果たして正真正銘の間伐材なのか、間伐材だったとしても、刹那的に使い捨てられてしまうなら、環境保護の精神性を損なうことにならないか、とついぞ案じてしまう。(せめて割り箸からパルプ化する運動(米子の王子製紙など)に協力するならまだわかるが...)

 短時間の体験で話をするには僭越ながら、間伐作業は難儀の極みである。難儀したものを安易に使い捨て製品に変えて、使用・消費・廃棄を繰り返せばそれでいいのだろうか。どうせなら多少の労力を割いても集成材化して、家具や建材に変えるなどして、持続性・収益性の高い使途・需要を起こした方がいいのではないだろうか。コストはかかるが、使い捨てにはならないし、精神性も損なわなくて済むように思う。机やイス、床材などを買い替え・交換する機会があったら、間伐材使用のものを選びたいものである。(筆者は、割り箸を使わざるを得ない場面(大皿から取り分ける時・網で肉などを焼く時など)があったら、間伐材とわかればそれを使い、通常の箸を使用する場面では、自前の箸を使うのがベターと心得、ここ10年来実践している。)

 クリーンアップ等、美化清掃活動を繰り返しても、なかなか減らない散乱ごみや不法投棄ごみ。そうしたごみを元から絶つために、拾ったごみのデータを集め、業界団体等に対策を求める一方、捨てさせないために、きれいな状態を維持するなり、マナー向上を呼びかける等の努力を続けるものの、なかなか根本解決には到らないのが現実かと思います。

 クリーンアップという手段の他に、散乱や不法投棄をなくし、環境保全、生態系保全につながるごみ対策はないものか。ここで、いくつか考えられる策を記させていただきます。

1.グリーン購入の視点

 ごみはモノの最終形です。散乱ごみについても、拾って、分けて、再資源化できるなら、立派な資源なのですが、風雨にさらされ、資源化できなくなってしまった「ごみ」が多いのは自明です。何とか分別して、使えるものは再資源化して、微量でも循環系を創り出せればいいのですが、そうしたルートや仕組みを散乱ごみで作るのは至難です。

 メーカー側には、資源リサイクル法(再生資源の利用の促進に関する法律)や容器包装リサイクル法の縛りで、放棄されてしまったごみを放置しておけなくなる状況に直面することも想定されますが、通常のルートに乗らないごみについては明確な規定はなく、当然、回収義務や罰則が伴わないので、結局、消費者のモラルに依存せざるを得ないのが実状と思われます。

 相対的に環境負荷の少ない製品やサービスを選んで購入することを広く「グリーン購入」と言います。消費者同様、企業にもそうした環境負荷低減型製品・サービスを利用する、ユーザーとしての立場がある一方、特にメーカーは、実際にそうした製品・サービスを作り、提供するサプライヤーとしての立場もあり、二面性があります。サプライヤーとしてのグリーン購入は、グリーン仕入れやグリーン調達という言い方もしますが、①環境負荷を抑えた流通経路で部品・原材料を集め、環境負荷の少ない製造工程で作る、②再生素材を多く取り入れたり、リサイクルしやすい設計や構造にしたり、長期使用に耐えるものを作る、③有害物質を排斥したものや省エネ・省資源型の部品・原材料を採用する、といったことを総じて、グリーン購入と考えるメーカーが増えています。

 クリーンアップで回収したごみを徹底的に分別し、再生できる状態に持っていけば、このサプライヤーとしてのグリーン購入につながるルートが開拓できる可能性があります。ペットボトルを再利用した衣料品や雑古紙を使った印刷用紙や梱包材はよく引き合いに出されますが、この他にも、貝殻の粉末を配合した消しゴム、CDケースの透明な部分や車のバッテリーケースを再生して作ったボールペン(軸)、ウィスキーの樽を使った家具や鉛筆、ポリエチレン(PE)の廃ガス管を使ったイス、などがすでに世に出回り始めていますので、散乱ごみを供給源とする再生素材・材料が現れる日もそう遠くないことかも知れません。

 しかし、ごみを拾って、リサイクルしたり、再使用に回すのは、どちらかと言うと、出口の議論です。出口を何とかする一方で、やはり入口から、ごみの発生を含めた環境への負荷を抑えようとするのが、グリーン購入の考え方の原点です。出口と入口の両輪から解決策を進めていけば、きっと「ごみ」になる部分の総量を減らしていけるものと考えます。

 マナー向上をよびかけるのであれば、よく言われる「3つのR」そして「1つのL」に沿って、発生源を抑える(環境負荷を減らす)ことも欠かせないと思われます。つまり、

①そもそも買う必要があるのかどうかを考える、そしてどうせ買うなら、ごみの出ないものや軽量かつコンパクトなものを買う(Reduce=減らす)

②どうせ買うなら、再生素材を多く含むもの、次にまた再生できる素材でできたものを買う(Recycle=再利用(使用前のリサイクル))

③一度買ったものは、修理・修繕等を通して長く使う(Long-life)

④使い終わった後に、他者が再使用できないか、別の用途に使えないかを考える(Reuse=再使用)

⑤いよいよ捨てる時には、徹底的にリサイクルできる状態にする、又は適切な処分をする(業者選定を含む)(Recycle=再利用(使用後のリサイクル))...

 これは、一般消費者のみならず、企業や自治体など職場でも励行すべき行為と考えますが、いわゆるグリーンコンシューマリズムと関連するもの、つまり日常生活や居所を中心として考えることですから、散乱ごみとは直結しない面もあります。そこで考えられるのが、次のような観点です。

2.上位の散乱ごみの中で自然分解素材で作れるものは、その比率を高める

 ごみが散乱するのは、その場で飲食したり、喫煙したり、という付加的な(緊急を要さない)行為をする人が多いことが原因でしょう。特に、海岸や河川敷、森林、山道、自然公園など、自然とふれあうのを主目的に出かける場合、娯楽や飲食は必ずしも要らないはずが、自然はおつまみ、そんな感覚でそこにやって来る人が多いことに由来するように思います。自然を心から楽しめないから、そうした行為に及んでしまうとすれば、これは大量消費・大量廃棄がもたらしたゆがみそのものです。これをヒトの性癖としてあきらめるのは悲観に過ぎるので、ある程度の発生はやむを得ないと考え、ごみをごみ化させない工夫、つまりそのものを自然に溶け込ませてしまう工夫があってもいいと思うのです。

 もちろん、分解するから捨ててもいい、などということになってしまっては、これまでのマナー向上にかけた苦労が水の泡になってしまうので、公然にすべきものではありません。が、何年も放置されたままで、生態系毀損や環境汚染になるよりはましでしょう。まずはメーカー側の努力を促し、それを評価することから、だと思います。

 分解する途中で、鳥や魚が飲み込んで、害が及ぶようでは無意味なので、飲み込んでも害にならない成分や素材を使うことが求められるでしょう。タバコの吸い殻(特にフィルター部分)、スーパーやコンビニの袋、弁当の容器、食品トレーはそうした材質への代替が可能でしょうし、梱包用の発泡スチロールはトウモロコシカスなどで作った緩衝材に、缶やビンの飲料は紙製(分解性のいいもの)容器に、などなどが考えられます。すでに進行中のものもありますが、これらの代替や物質の量そのものの削減を強力に推し進めるために、優先的にこうした商品・製品を選んでゆくことが求められるでしょう(もちろん、購入する場合は、あくまで必要に迫られ、かつ適正に処分することが大前提ですが)。ごみを散乱させてしまう人たちが買うものを先回りして代替素材に替えていくことで、負荷を予め減らしていくことは十分に可能です。

 通常の処理ルートに乗る廃棄物全体からすれば、散乱ごみはわずかな量かも知れません。しかし、ごみの発生そのものを抑える上では、上述の点について常に考え続けたいものです。出口に加え、入口についても並行して取り組んでいきたいものだと思います。

※本稿は、日本環境行動ネットワーク(JEAN)クリーンアップ全国事務局の「JEAN通信」80号(2月17日発行)に掲載される予定です。

 前話では8月14日夜までのことを書いたが、今回はその続編、8月15日の朝からの話。

 仮に14日のうちに雨が降り尽くした場合、翌朝になれば荒川の水位は前日のそれよりも下がるのが通例である。ところが早起きした15日の朝、筆者は異変を目の当たりにする。水位は下がるどころか、見事に増水していたのである。自宅から見下ろす河川敷一帯、全て水没し、ゴルフ場もサッカー場もない。高さのある木々が少し頭を出すばかりである。JR東北線・京浜東北線の橋脚は数メートル分、表出するのみ。つまりあと数メートル上昇すると、線路が水に浸かってしまうところまで来ている有様。本来の川の流れ(本流とでも言おうか)では上流から流れ漂う枝木の塊が遠くからでもよく見て取れる。これは一大事、と思い、自転車を駆ってひとまず新荒川大橋をめざした。

 6時台ということもあって、パッと見は閑散とはしているものの、筆者同様、わざわざ川を眺めに出てきたらしい人がチラホラ。新荒川大橋の側道から荒川を覗き込む人、河川敷堤防の道路から浩々と流れる川を眺める人、それなりの人出である。こちらも早速、橋の中央部までこぎ着けて、川と大水の脅威を垣間見させてもらった。

990815_1.jpg 遠くから目に付いた枝葉や木片の塊が涛々と、そして蛇行しながら流れてくる。それらに混じって、ペットボトル、空缶、食品トレイ、発泡スチロール片といった定番ゴミの数々、加えて、一升瓶、サッカーボール、塗料缶、灯油を入れるポリタンク、タイヤ、畳、ゴザ、トタンの扉などなど、珍品も多く流されており、実に壮観である。工事現場から流されてきたような特殊な工具や緩衝材なども見受けられ、上流・中流もただならぬ状況になっていることが推察される。視察(見物)すること約20分。そのあまりの漂流物の多さに唖然とする一方、このまま東京湾に直行してしまうのだろうか(- -)ムムムと思案にくれる筆者なのであった。(荒川クリーンエイド有志が緊急連絡網を使って出動し、網ですくうなり、流れの緩やかなところや水門で溜まっている分だけでも回収するなりできればいいのだが、この荒れ様ではただ見過ごすしかないのが何とも残念である。)

990815_2.jpg 丸太や切り株、竹木などの自然物も散見されるが、それらはゴミとは言えないから自然の摂理に委ねるべきところ。だが、仮にそれらがどこかの河川敷などに漂着した時、その処理責任はどこが負うか、となると難しい問題である。そんなことも思わず実感してしまうのであった。

 橋を後にし、次は堤防の上の道路を走る。堤防の草地やスタンド状になっている階段部分などにも容赦なく水が押し寄せてきていて、結構危なっかしい。防護柵もないから、水深がなければ親水公園のようでいいのだが、いやこれでは「浸水公園」ではないか、などと思ってしまう。泳ごうと思えば泳げてしまう訳だが、さすがにそういう不心得者はおらず、皆、おとなしく川の流れを見遣っているばかりである。

 今来た新荒川大橋の橋脚をよくよく見れば、どこから流れ着いたのか、釣り船、いやレジャーボートが座礁しているし、おまけに目前の河川敷グランドの簡易トイレは、土台を失いひっくり返って浮いている始末。いやはやおそれいった。(ちなみに、この時点での岩淵(赤水門近く)の水位は6.3メートル。後で聞いたが、戸田方面の笹目橋では7メートルにもなっていたそうな。)

 増水騒ぎから1週間経った21日夜、岩淵の赤水門では、毎年恒例の「ムーンライトコンサート」が開催された。道中、河川敷の水は捌けていたが、例のゴルフ場とサッカー場では、両者を隔てるフェンスが横倒しになった上、網には枯れ枝が絡み付いて、増水の爪痕を身を以って示していた。思えば、ここを歩く頭上を水が覆っていたのだから、相当な水量である。増水した川が一気呵成に襲ってきたらひとたまりもないことがよくわかった。その隣り、ふだんは散乱ゴミが目立つJR線橋脚下だが、見渡すとゴミが少ない。まさか水流がさらっていったとは思えないが、もしそうだとしたら、それこそ脅威かつ驚異である。

 新荒川大橋を過ぎて、会場近くの岩淵緑地まで来ると、今度は土が層を成して河岸を覆っていて、旱魃の如くヒビ割れた状態になっている。土が露出した場所などもともとなかったから、これを見た時はまたまた驚かされた。(バーベキュー用の竈が並ぶ一帯もすっかり土が埋めてしまっていて、まるで遺跡の発掘現場のようになっているし...)

 コンサート開演前、地元にある荒川下流工事事務所(コンサート主催者)の方から話があった。その昔、明治43年の大水では、流域の150万人が被災。それを受けて、(旧)荒川を隅田川に変える一方、放水路を設け、(現)荒川にする大工事が興されたが、この工事には、実にのべ310万人もの人々が関わったと言う。この工事があった故、先週の増水でも難を免れたことを力説されていたが、赤水門の隣にある青水門が隅田川への水流を抑え、岩淵(赤水門)の水位6.3メートルに対し、隅田川ではその半分の水位にとどめた、というのもあっぱれと感じた。荒川放水路ができて70年経ったのを機に始まったのが荒川クリーンエイド。クリーンエイドが5年目を迎えた今年はつまり、放水路ができてから75年目ということになる。その間、かつてのような水害は発生していない訳だが、こうした危険と隣り合わせであることには相違ない。先だっての豪雨による増水規模は戦後で3番目、という話を聞き、いよいよその思いを強くする筆者であった。記録はいつ塗り変わるかわからない。

 熱帯低気圧が近づいていようなどつゆ知らず、ふだん通り自転車で夜道を走っていたら、さあ大変。8月の13日の金曜日というだけのことあって、不意の大雨に降られてしまい、さんざんだった。仕事が押していたため、致し方ないのだが、あと1時間、いや30分早く帰途に着いていれば、と悔やまれる。傘があっても、滝のように降られては役に立たない。明治公園近く、ホープ軒のあたりから新宿に抜ける「千駄ヶ谷グリーンモール」の坂道はすでに川のような状態となり、怒涛の雨水をタイヤでかきわけて上っていく様は、まるで鮭や鮎の遡上である。ペダルを漕ぐ、即ち接地していないため、靴が濡れずに済むのはよいのだが、新宿駅にたどり着いた時には背中と膝のあたりがぐっしょりだし、何とか傘でしのいだつもりのカバンも、さすがに前の方は湿りきってしまった。やれやれ。(x_x)

 どうも一番激しい時間帯に自転車に乗っていたらしく、帰宅してしばらくしたら、すっかり雨脚が弱まったのには拍子抜けしてしまった。しかし、さすがは熱帯低気圧。何だかんだで、また断続的な豪雨が続き、寝しなには雷鳴と稲妻が覆う始末。一瞬明るくなるものだから、なかなか寝付けず、やれやれ続きである。雨脚があんまり強いので、マンション共同廊下から荒川・新河岸川を眺めると、すでに水嵩が増していて、スリリングなことこの上ない。稲光で一瞬明るくなると、川の濁流が見えて、ますます興趣?!をかきたてられるが、なにぶん深夜なので、ひとまず引き揚げる。明朝はどうなることやら...。

 明くる日、8月14日。雨はまだまだ激しく、外出の予定を考え直す必要に迫られるも、ともかく出かけることにする。玄関から見る荒川・新河岸川は、上流からの雨水を集めて案の定の迫力である。だがまだまだ、堤防を超えるほどの緊迫度はないから、安穏と眺めるばかり。しかし、エレベーターを降り、地上に下り立つと、さすがに安穏としてはいられず、たたきつける雨粒、はけきらない道路上の水たまり、時折吹き付ける横殴りの風などに面食らう筆者であった。何とか最寄り駅まで着き、その後の日中の行動には大きな支障は出ず、何とか無事に帰宅できたので良かったが、池袋駅でのアナウンスでは、高崎線・宇都宮線が河川の増水で運転見合わせ。帰途に影響は出なかったが、筆者利用の埼京線も下りは大宮止まりで、大宮から川越まではやはり運転見合わせということだった。(指扇と南古谷の間は、荒川を跨ぐ長大な鉄橋があって、強風時や大雨時は必ずと言っていいほど、その区間を中心に不通になってしまう。昔はディーゼル列車が走る線区だったから、鉄橋と線路の路盤がまだ電車仕様になっていない(近代化していない)んじゃないか、と訝ってしまうのであるが、安全優先で考えるともっともだとは思う。)

 高崎線と宇都宮線を止めてしまう、→ということは埼玉県以北の関東北部がまだまだ豪雨らしい、→となると埼玉に降った雨水を集めてくる荒川・新河岸川は今ごろいったい...? 自宅にまっすぐに帰らず、駅の下の橋から新河岸川をまず眺めに行ったところ、思わず立ち尽くしてしまった。仮設の船着き場も遊歩道も水没してしまっていて、堤防の上限まであと2~3メートルというところまで水位が増しているではないか。つまり、あと2~3メートル増えれば、水が溢れ出し、筆者の近所が水浸しになってしまう、ということになる。川の流れは比較的緩やかではあるが、タイヤや材木が流れているのを見るにつけ、上流ではどうやらとんでもないことになっているようだ。こうなると荒川の方も心配だ。暗くなっているので、詳しくはわからないが、今朝眺めていたのとは明らかに違う姿の荒川が横たわっていた。対岸の川口市街の灯りをほのかに反射して白光りしているので、雪が降り積もったような見え方になっているが、要するに川口側の河川敷は全面的に水没。手前の赤羽ゴルフ場や運動場も大半が水に浸かっている状態である。本稿を書きながら、途中経過を見に行っているのだが、荒川の方は刻々と浸水が進み、ゴルフ場を埋め尽くそうとしているんだから、おそろしい。不思議と流れが止まって見えるから、湖が出現したかのようである。新河岸川は少しずつではあるが水位が下がって来ているようなので、峠は越えたものと思われる。何はともあれ、雨はまだ続くようだから予断は許さない。明朝の状況をしかと見届けないといけなかろう。

 ゴルフ場が水没したのは、3年前の台風の時以来のような気がする。新河岸川がこれほどになったのも、同様に3年前以来だろう。水位が下がった後に残るのは、さて何か? それは上流・中流から流れ込んできた塵芥や漂流物である。人為的なものではないので、どうしようもないが、例えば遊歩道の柵やロープに、枝葉やビニール片が絡まるのはもちろん、結構大きな板切れが打ち上げられることもあるから、厄介である。(筆者がかつて、等々力に住んでいた頃、嵐の後の等々力渓谷を見に行った時がそうだった。) 荒川クリーンエイドでは、ゴミの分析をする際、どんな場所でどんなゴミが落ちていたか、についても調べるが、どんな捨てられ方をしたのかについてもつきとめておくことになっている。多くはその場で意図的に捨てられるものとわかるのだが、このように大水があった場合などは別の場所から漂着することも有り得る訳である。川に運ばれて流れ着く塵芥の類は、いくらその場でゴミを捨てないよう啓発しても説得力に欠けるが、仮に上流・中流の河川敷などで捨てられたものが流れ着いたとするなら、その漂着物をきちんと分析すればいい。それが人為的に捨てられたものとわかれば、大いにアピールする価値もあると思う。

 大水の後でクリーンアップをしていたら、二次的な大水が来て流されてしまった、なんてことになったら、美談では済まない。そうならないよう重々心せねばいけないが、とりあえず様子だけは見に行ってみようと思う筆者であった。

eco-brush.jpg かれこれ7年程になるだろうか。エコロジーショップの草分けとしておなじみの、お茶の水GAIAで、ブラシの部分だけ交換できる歯ブラシ・・・「ECO BRUSH」を買い求めて以来、歯ブラシはずっとこれを使い続けている。ドイツの「TERRADENT」というメーカーのものだが、これと同じ仕様の歯ブラシは7年経っても、相変わらずここだけのようである。歯ブラシはブラシの部分が消耗品なので、本来ならそこだけ交換すればよさそうなものだが、ブラシとグリップは一体になっているため、ブラシが駄目になると一本まるまる廃棄せざるを得ないのがもったいない。その点、この「ECO BRUSH」はブラシがリフィル式になっているため、グリップはずっと使える、という訳である。

 これまでにいくつブラシをリフィルしてきただろう。磨き方が少々雑だったため、消耗度も激しいのだが、年に5~8回程度と思われる。7年で40個は交換したことになるが、これがグリップごとの通常の歯ブラシだったら、ズバリ40本になるから、やはりちょっとした廃棄物削減にはなっているようだ。それでも、毛先が広がり、歯ブラシとしての役目を終えたものでも、普通のグリップごとのタイプなら、水まわりの隙間の掃除用などの二次使用が可能。逆にこの手のリフィルタイプだとブラシの部分だけなので、そうした二次使用には向かないのが難点である。かと言って、そのままポイというのも気が引けてしまうのが筆者の情理。という訳で、拙宅の洗面台のとある小さな器の中に、この役目を終えたブラシがひしめくことになる。洗面台の栓の部分が汚れてくると、このブラシを使ってササッとこすったりするのに重宝しているのだが、器の中にこの毛先の広がったヘンなのがたまってくると、ゲジゲジが身をすり寄せているような態なので、気持ち悪いのは否めない。(でもある日、それを見かねた妻によって処分され、今はスッキリしている。)

 リフィルの仕様について言及しよう。初期の頃は、プラスチックケース入りで、何とスライドカバーを開けて取り出す、という豪華なものだった。エコブラシにしてはこれはちょっといただけないな、と思っていたが、ある自然食品店が開店した際、オープン記念で割引価格だったものだから、ついまとめ買いしてしまったのを覚えている。その後、やはり何らかの批判があったのか、間もなく紙ケースに代わったが、中味はとにかくずっと同じなのがありがたい。(ドイツ製だから為し得る長期使用と言えようか) プラスチックケースも紙ケースも、4ケ入りで500円。7年間、価格据え置きなのでご立派なのだが、高いと言えば高い。100円ショップで何本かまとめて売っているのを見ると、この手の歯ブラシはどうしても価格対抗力が弱いのが泣き所である。使い捨ての歯ブラシが圧倒的に主流なのは、総じて量産品に対する詰替品の価格優位性がないことと同じで、形勢逆転はなかなか望めそうにない。とにかく少しでも愛用者が増えることと、TERRADENT社が作り続けてくれることを祈るばかりである。

 さて、このエコブラシのリフィルだが、一度買うと4ケ持つので、つい在庫意識が低くなる。つまり、切れてしまってから買いに行くことのが日常化しているのである。そして、職場の周りには、Cハウスもあれば、Nハウスもあるので、いざとなればすぐに手に入るからいいや、と思って油断していたのがいけなかった。4月頃にそろそろ取り替えようと思い、Cハウスに行ったが置いてなく、ちょっと焦って別の日にNハウスに行ってみると、型違いのリフィルしか置いてなく、冷や汗をかいた。筆者のタイプは、M31。硬さがミディアムなのでMなのだが、実は数字が問題で、31は横長六角形。Nハウスにあったのが、楕円形をつぶした形状の32シリーズだったのである。(買いに行く間隔が長いので、いつも型番がわからなくなってしまうのだが、さすがにこの日は覚えていた筆者だった。) 主流は32だったか、などと嘆息しているどころでない。すぐさま東急ハンズをあたってみたのだが、やはり置いてない! 筆者の通勤経路中、他に置いてありそうな店がなく、そう易々とGAIAに足を運ぶこともないものだから、いよいよ窮地。致し方なく、また別の日にハンズに来たついでに、本体まるごと土中分解する「エコット」と称する歯ブラシを買い求め、当座をしのぐことにしてしまった。ところがこのエコット、なかなか癖があって、磨きにくい。5月から6月頭にかけてお世話になったが、終盤は毛が抜け出して、ちと大変だった。(このまま洗面台に置いておいて、自然分解するのかどうか実験してみたい気もするが、重大な支障がある訳でもないので、しばらく補助的に使うことにしようと思う。)

 エコットの誤算もあって、ともかくこれはいよいよGAIAに行かねば、と思った頃、幸い仕事で御茶ノ水へ行くことになったので、本当に助かった。新宿から四ッ谷に出て、あとはひたすら総武線沿いに自転車を繰る。(都内、というか山手線内は自転車を使うと機動性が向上するのがこの日も体感でき、嬉々とする筆者であった。) 仕事を終え、御茶ノ水駅からGAIAに向う。徒歩だとちょっとあるが、自転車ならあっと言う間である。店に着いて、地階へ駆け込むと、しばらくぶりだったせいもあるが、ややレイアウトが変わっていて、今までの場所にない! またまたヒヤリだったが、落ち着いて奥のコーナーを覗くと32と並んで31が「あったあった!」 Nハウスで32しかお目にかかれなかった時点で、31はもしや生産中止、と危惧を覚えていただけに、これを手にした時は正直とてもホッとした次第である。

 (エコットで)磨き疲れた筆者は、再びECO BRUSHに戻ってからというもの、歯磨きが楽しい今日この頃を過ごしている。磨き方も丁寧に(謙虚に)なり、実にいい感じである。

 余談だが、本稿を書きながら、リフィルの紙ケースをよくよく見ると、いつの間にか非木材紙普及協会のケナフマークが小さく付いている。マクドナルドの某ハンバーガーの包みにもケナフマークが付いているのを見つけた時はさすがに驚いたが、最近の非木材紙普及協会の躍進ぶりはちょっとしたものである。(同協会とは、仕事でちょっと関わりがあるのだが、なかなか連絡がとれない。ケナフマークを目にするにつけ、ご多用ぶりを推し量るばかりである。)

 ここ数年、6月に雨が多い年と少ない年が交互に訪れているように感じる。一昨年の6月は確か、複数の台風に見舞われたものの、晴れた夏日が占めていた。代わりに7月は梅雨に延々とたたられ、梅雨が明けたのかどうかはっきりしないまま、8月になってしまったように記憶している。今年もそんな感じになりそう、という予感がするのは、今のところ梅雨前線が南に下がったままで、梅雨らしくない日が続いているからである。どうもこの調子だと、夏を実感できない7月を迎えることになりそうである。

 6月に入ってから(というより、梅雨入り宣言が出てから)、雨に降られた覚えがない。6月の第2週は、ずっと曇りか雨、そんな週間予報を6月第1週に聞かされていて、「あぁ早いもので、もう梅雨の季節かいな」と思っていたのに、当の2週目になると、月曜日を除いて、すっかり晴天(しかも夏日)続きである。連続して週末が晴れてくれるのもありがたい話ではあるが、春からいきなり盛夏になってしまった感のする今日この頃、暑いのはやはり身にこたえる。

 筆者のかねてからの念願がかなって、現在、新宿駅と職場までの約4kmを自転車で往復しての通勤生活を送っている。自転車通勤を始めてみると、随分前からそうしているような錯覚に陥ってしまうが、よくよく考えるとちょうど1カ月経った程度であった。始めた当初に比べると、自転車にとって都合のいい道路もわかってきたし、足腰もなじんできて、今は確かにいい感じなのだが、6月に入ってからは、そんなに自転車も使えまいと思っていただけに、今月のこの晴天続き(しかも暑い!)には正直、肩透かしを食らっている。この時期ならではの降りそうで降らない曇り空とかだとちょうどいいのだろうけど、こう晴れ晴れと、しかも朝から陽射しが強い場合などは結構ツライものがある。新宿駅から明治通り沿いに、北参道・千駄ヶ谷小学校前・神宮前の各交差点を通り、同潤会アパート経由で表参道駅に抜けるポピュラーなルートだと、途中の起伏が2回あるため、登坂訓練するならまだしも、本当に暑い日に上り坂相手に自転車をこいだら、たまったものではない。暑くなる前にと、起伏を避けるルート(自転車にとって好都合なルート)を何とか探し出しておいて助かったと思う。そのルートとは、北参道交差点(フジタの本社ビルがあるところ)からは通称「千駄ヶ谷グリーンモール」という車両一方通行の路地に入り、鳩森八幡~観音橋(→地図~明治公園~日本青年館~神宮球場~外苑前駅~表参道駅、というもの。これだと明治公園のあたりから、少々上り坂になるだけで、おしなべて平坦なので楽なものである。信号交差点も少ないため、足止めを食うこともあまりなく、早ければ新宿駅から職場のある国連大学の裏手まで、15分以内で到達できる。恵比寿行き直通の埼京線に乗った場合でも、新宿から渋谷まで、電車でまず5分。埼京線渋谷駅は、ほとんど「南渋谷駅」状態なので、埼京線ホームから職場まで、ゆっくり歩くとすぐ15分くらい経ってしまう。これを考えると新宿からの自転車通勤は至って快適である。もっとも、いま流行の電動アシスト自転車を使えば、起伏も関係ないから、さらに快適感が増すだろうけど、やはり自力でこぐところが自転車通勤の醍醐味だと思う。

990605.jpg(電動アシスト自転車は、6月5日の世界環境デーで、国連大学前の「GLOBAL ECHO」、代々木公園の「低公害車フェア」でそれぞれ体験試乗してみたが、軽快な反面、走り始めでちょっと勢いを付けると暴走するおそれがあるのが要改良点と感じた。リミッターが付いているから安心ではあるが、こいだ分だけの相応の「足応え」がないのはつまらないものである。)

 このまま雨の少ない6月が続けば、まさしく「水無月」。暑いのはさておき、雨を気にせず、引き続き颯爽と自転車通勤を続けられるのはよしとしても、梅雨が7月に集中して、その間自転車に乗れない、というのが実はイヤなのである。エコロジカルな通勤を実践したい、というのも目的の一つにあるのだが、日脚も長くなることだし、帰途で夏の夕風に吹かれながら、まだ日が落ちきる前の東京の街並みを堪能したい、そしてまだ見ぬいろんな街角を探訪したい...そのために自転車通勤しているようなものだから、7月の雨降りは、どうとしても勘弁してほしい。「6月=水無月」では困ってしまう、わがままな筆者であった。(もちろん、首都圏のダムの貯水量が減って、水不足だ何だというのも困りものではあるが。)

 世間では省エネブームに乗って、待機電力(正確には待機時消費電力と言う)にも随分と目が行くようになった。環境問題への対応や温暖化防止の対策を考える時、エネルギーの消費を抑制するのが効果的なのはもっともな話には違いないし、それ自体は大変歓迎すべきことではあるが、家電製品が環境対応型であることをPRする材料として、待機電力レスあるいは待機電力ゼロを口々に並べ立てるのも能がないように思う。家計に直接的に訴えられるが故に省エネ・省電力性が先行し、家計に直結しない部分、つまり原材料における再生品の使用割合、廃棄時の環境負荷の低さ、焼却処理した場合の無害性、長期使用や修理・修繕の容易性、人体健康面に対する配慮、製品本体以外の梱包材や取扱説明書等の環境負荷、等々の話がおろそかになりがちなのが惜しまれるところだ。買う側・使う側も、消費電力や待機電力の他にこうした観点から商品選びをしてもらいたい、と常々思う。店員をつかまえて、こうした環境談議を交わすようになれば、販売店はもちろん製造事業者も本腰入れて取り組むようになる筈である。筆者も重々心したいと思っている。

 待機電力について、言わせてもらうと、

  • リモコンからの指示待ちやマイコンの記憶保持、時計の作動などに消費され、その量は、一世帯の総電力消費量の10%前後と言われている。
  • 現在、家電製品の工業会で待機電力の測定方法や表示方法について検討がされているが、何より各人が待機電力の存在を意識して、電気代・エネルギーを節約することが肝要。 

 というのが挙げられる。だが、検索サイトで何気なく、待機電力と打って調べてみたら、各社各製品の「ゼロ情報」を見つけてしまった。これは節約行為以前の話。待機電力ゼロにできるのであれば、なぜもっと早く世に出してくれなかったのだろうか、と思うが、これも技術革新と環境世論あってのこと。今後のさらなる進展を期したいものだ。

  • 全自動洗濯機(S社 ES-SE90など):待機電力ゼロ。
  • テレビ
    ステレオテレビ(P社 TH-21MA1):マグネシウム合金採用により、リサイクルの可能率アップ。
    ハイビジョンテレビ(T社 32HD3Zなど):待機電力ゼロ。
    フラット画面テレビ(S社 32C-FB10など):待機電力ゼロ。
    BS内蔵テレビ(H社 W36-GF2など):待機電力ゼロ。
  • ビデオデッキ(S社 VC-ES100B):待機電力ゼロ。
  • 電子オーブンレンジ(T社 ER-FX8、S社 RE-M100など):待機電力ゼロ。

 パソコンについては、オールオフするならともかく、常時挿し込みっぱなしの場合、待機電力は相当量になると聞く。パソコンにはぜひとも標準添付で、コンセントに電力計を装着してもらいたいものである。(加えて、使用中はディスプレイの片隅に消費電力量と換算電気料金が載ると長時間使用防止にもなり、効果テキメンと思われる。)

 話ついでに、電磁波について。見解がグレーなので何とも言えないが、例えば電磁波カットのパソコンであるとか、電磁波防止フィルタがはじめから付いているとか、又、実際に製造・販売するのは難しいだろうが、ガウスメーター付きにする、といった工夫があれば面白いと思う。

 さて、アースデイ2000日本連絡所が同じビルの3階から2階へ引っ越しして、2週間ほどが経った。例年なら4月半ばに開催していた横浜こどもの国での「アースデイ・フェスティバル」だが、今年は1カ月遅れの5月22日・23日の開催になったので、この時期にまだミーティングをしている。広くなった会議スペースの電源コンセントにふと目をやると、何と電力メーターが付いている。電力を調べる家電品がなく、ただ電源コンセントにメーターがくっついているだけなのでちょっと間抜けに見える。会議卓に同じ物がいくつか転がっていたので、これは面白いと思い、一つ拝借してきた。

ecowat-case.jpg 名前は「エコワット」。片手にすっぽり収まってしまうコンパクトサイズである。大阪は摂津市にある「東光精機(株)」(TEL:06-6387-1236/FAX:06-6387-1256)の製造・販売。(売価はどこにも書いていない。オープン価格?) あくまで目安だが、使用料金→使用電力量→使用時間の順で3秒ごとに表示されるようになっており、実によくできている。電気使用料金は、各地域の電力供給会社等により格差があるが、平均値をとって一般的には23円/kWhの計算が用いられる。が、エコワットで換算される電気料金は25円/kWh。高めの表示になるが、その方がインパクトがあっていい。

ecowat.jpg 筆者宅ではできる限り、コンセントを抜く努力をしているが、それでも常時つなぎ放しのものがいくつかある。冷蔵庫、ビデオデッキ(タイマー録画する番組があるとどうにも)、パソコン、一部のAV機器...そして電話+FAX機である。4月29日の0時から試しに早速、電話+FAX機の測定を始めた。その日の朝はまだ大したことなかったが、24時間経ってメーターを見たところ、0.23kWの消費で、5円になっていた。1カ月にして、150円超。電話FAX機というのは、「待機する」=「使用する」みたいなものだから、この使用電力なのか待機電力なのか言明しづらい面があるが、どっちにしてもそれなりにはなることがわかった。(ちなみに筆者宅の1カ月の電気料金は3,000~4,000円の範囲内である。) 4月30日の0時からは品を変えて、ラジオ付きデジタル時計で測定開始。23時間経ったが、こちらは見事にゼロ表示(使用電力・使用料金とも)である。液晶表示(バックライト付き)とラジオの受信というのは、乾電池でも早々には寿命が来ないだけあって、電気を使わない代物であることがこれで証明された。

 という訳で、しばらく測定遊びが続きそうである。次はパソコン一式かそれとも冷蔵庫か、大口製品で試してみれば、それだけエコワットの立つ瀬もあろう。皆さんもおひとついかがでしょうか?

 第14話で荒川河川敷の工事についてふれたが、今回のクリーンアップはその工事の影響をもろに受けて、エリアの変更を余儀なくされた。JR東北線と京浜東北線の鉄橋付近から上流にかけて、新河岸川と荒川の間の河川敷を中心にこれまではクリーンアップしていたが、その河川敷をスーパー堤防化する工事がいよいよ始まったためである。まだ立ち入ることはできるが、柵などで一部囲われつつあるし、いずれショベルカーやダンプが入り込むようになれば、土ごと根こそぎ持っていくなり、入れ替えるなりしてしまうであろうから、クリーンアップしたところで、徒労になるのがオチである。一方、荒川赤羽緑地と呼ぶ所以でもあった原っぱは野球場と化してしまい、植物観察の楽しみがなくなってしまった。荒川知水資料館2Fにある「あらかわご意見板」でこのあたりの一連の工事について憂慮を書き残しておいたところ、それに対する返事があって、特に「自生を促すような植生」についても配慮する旨、記されてあったのを思い出す。それはそれとして、やはり広々と自生していたからこそ価値がある訳で、野球場の隅っこではいくら自生を、と言ったところで説得力がない。ともかく今回のクリーンアップは、緑地なき「荒川赤羽緑地」にスポットを当て、野球場とサッカー場に挟まれたJR東北線・京浜東北線鉄橋の下で行うことにした。もともとサッカー場はあったので、週末ともなるとサッカー少年とその家族で賑わう他、スポーツ愛好者が観戦に来たり、鉄橋下が格好の駐車場になっていることから、車で乗り付ける人々が行き来する場所故、マナーの良くない輩がポイ捨てするのを実は何度となく見届けていた。何とか本腰入れて片づけたいものだ、と前から思っていたので、工事のおかげでとりあえず手を付けられたのはよしとすべきかも知れない。

 関係各位への協力よびかけが弱かったせいもあり、今回の参加者は昨年の半分の総勢15名。クリーンアップエリアを変えたこともあり、試行的な展開になったが、手慣れた方々に多く参加してもらえたおかげで、予定していたスケジュール通りに進めることができた。前日の雨で地面がぬかるんでいたり、思いがけず丈の高い草が多かったり、必ずしもコンディションは良くなかったにもかかわらず、相当量のゴミを拾うことができた点もまずまず。ゴミ袋にして合計26(内訳は、燃えるゴミ6袋、燃やせないゴミ14袋、缶5袋、ビン1袋)。収集したゴミは、上位を挙げると、次の通りである。

    1. 飲料缶:269
    2. ペットボトル:124
    3. プラスチック・ビニール片:89
    4. スーパーやコンビニの袋:79
    5. 紙の破片:63
    6. 食品トレイ:49
      弁当やカップめんの容器:49
    7. ガラスやビンの破片:41
    8. 食品や菓子の袋:40
    9. タバコのパッケージ:18

 先述したように、場所柄を反映したような結果となった。飲料缶や小型のペットボトルなどは好例である。しかしながら、意外にもタバコの吸い殻は少なかった。タバコの吸い殻と言えば、全会場合計では必ずトップに来るゴミなので、この結果を見るに、単に拾いそびれたか、土中に紛れてしまったか、と推察し得るのだが、一つ善意に解釈したいと思う。

 さて、変則的な台風とその時の大雨で、荒川も何度か増水したのを目の当たりにしていたので、川岸部分がずっと気にかかっていた。泥道をたどって、草を分け入り、岸にたどり着くと、案の定、水際(干潟ができていた)には種種雑多なゴミが漂着し、散乱していた。余裕があれば、漂着物の品評(ビーチコーミングならぬ「リバーコーミング」?)でもしたいところだが、人手が足りなかったことと、足場が不安定だったこともあって、缶・ペットボトルに限って片づけた。(飲料缶の数が飛び抜けて多いのは、ここで拾った分が多かったせいもある。) しかし、すっきりとできなかったのは何とも惜しまれる。荒川クリーンエイドなので、やはり水際を優先してきれいにすべき、というのを今回は痛感した。

 粗大ゴミは、というと、大型のものは見られなかったものの、やはり丈高な草が生えているところには様々なゴミが捨てられやすいことがよくわかった。粗大ゴミ調査は専任で一人ついてもらったので、後から報告を受ける形にしたが、タイヤ、キャリーカート、自転車、ステレオのスピーカーなどが草地で見つかった。鉄橋下では、テレビ画面の枠、布団、自転車の車輪、ヘルメットなどが見つかり、当地もまたご多分にもれず、の結果となった。缶・ビンの類は拾い終わった後で一斉に数を数えることにしているので、玉入れ競技後のような態である。北区専用の空き缶回収箱に一度ドサっと入れて、袋に入れ直す時に数える。泥のつまった缶は干潟で拾ったものだろう。回収箱でしばらく横たえていたが、その泥の中から、黒い物体が這い出てきた。何と泥にまみれたベンケイガニである。いやはや驚いた。ベンケイと名が付くだけに逞しい。水質調査そっちのけで、皆でしばし雄姿を鑑賞することと相成った。今回のクリーンアップのこれはちょっとしたご褒美といったところだろうか。この日は他にもカエルは出るは、ゲジゲジは出るはで生態観察会?!を兼ねた催しとなった。

 ご参加いただいた皆様、おつかれさま&ありがとうございました。この場を借りてまずは御礼申し上げます。

  渋谷駅を降りて、宮益坂を上る。青山通りに合流したら、そのまままっすぐ。第一園芸、こどもの城、と来ると国連大学に着く。ここまで歩いて10分もかからない。表参道駅からだと出口にもよるが5分程度。国連大学自体、大看板がある訳ではないので、何の建物か教えられないとわからないと思うが、とにかく好立地である。そしてその国連大学の構内に「地球環境パートナーシッププラザ」はある。東京モノローグ読者の皆さんはご存じの方が多いと思うので、述べたてる必要はないのだが、コスモス青山・こどもの城・青山学院大学が目立つ分、国連大学とこの地球環境パートナーシッププラザ(以下、GEIC)が目立たないのが前から気にはなっていた。立地がいいだけに惜しまれるのである。

 アースデイニュースの記事向けに調べものがあったのと、先日、GEICからFAXで届いた「環境団体のNPO法人化に関するアンケート」の件で聞きたいことがあったので、訪れた。GEIC専従のK.K氏がちょうどいたので、早速、アンケートの話を切り出す。400通余りFAXしたところ、早くも70~80通返信が届いていると言う。各環境団体のNPOに対する関心の高さ、反応の俊敏さを感じた。アースデイ日本(東京連絡所)がNPO法人化するかどうかについては、筆者の独断で決める訳にはもちろんいかないが、ここんとこNPOに関していろいろ調べているところなので、とにかく関係各位と相談して、アンケートは返信することに決めた。さて、その話ついでにK.K氏が尋ねるには、「どうもGEICへの環境団体の足向きが良くないようだ。なぜだろう?」と、筆者が何となく気にしていた話になった。「(特に昔からの環境団体関係者にとっては)施設が洗練されているのが逆にネックになって、何となく入りにくいのではないか」、「いや、でも新たに環境を志向するようになった団体や個人にとってはこうした洗練感があった方が入りやすいのでは?」などとどっちつかずな返事になってしまったが、結局は「目立たないのと、入りにくいのが原因なのでは?」ということで両者納得となった。要するに環境団体関係者以前に、単に人の出入りがよろしくない、その原因を考えるとこういう訳なのである。

 消費生活は「東京都消費生活総合センター」がある。市民活動サポートという点では、「東京ボランティア・市民活動センター」。ではその2つを兼ねた(と言うことにして)「環境生活は?」となると、やはりここGEICなのである。神楽坂の「ジャパンエコロジーセンター」が閉館となり、目白の「地球市民ひろば」は入館制度をやめてしまい、新宿歌舞伎町の「東京都環境学習センター」は土曜日が利用できない、板橋区の「エコポリスセンター」は交通が不自由、となると、平日夜19:30まで開いていて、土曜日も使えて、交通アクセスもOKとくれば、欠かせない存在であることは言うまでもない。K.K氏が「GEICの利用価値が低そうなので、たたんでしまおうか」なんていうものだから、こうした話を交えながら、「いやそれは困る」とこっちも躍起になってご再考願った。何でもGEICの案内板を出そうとしたら、構内を管轄する国連大学側から拒まれた(?)ようで、そうなると確かに目立たせる工夫は難しい。最後は「案内板が駄目なら、雨水利用設備や風力発電・太陽光発電の簡易機材を表に常設展示しては?」「施設内に畳敷のコーナーを設けたり、廃材利用の備品を並べて、洗練感を落としてみては?」といった話で盛り上がり、ひとまずお開きになった。

 別に回し者という訳ではないのだが、GEIC存続の願いを込めて、PRをいくつか...

  1. 環境庁主体の施設ながら、官民協働の息吹がある。行政、企業、環境団体・個人の資料が一堂に会しているので、様々な情報に手っ取り早くアクセスできるのが強み。ビデオライブラリーも充実していて、その場で鑑賞できるのが何と言ってもありがたい。
  2. 環境団体の刊行物を委託販売している(してもらえる)。アースデイ日本で出している「アースデイ記録集」も預かってもらっていて、昨年度は結構、売上が出た。感謝感謝。
  3. GEIC企画による環境団体向けの様々な講習が開かれる。アピール性の高いチラシをどう作るか、自団体のホームページをどう作り、オープンするか、なんてのはなかなか当世事情に適っていて心にくい限りだと思う。各環境団体が企画するセミナーなどでもよく利用されているようだ。
  4. 企画展示も楽しい。展示の一例を挙げると、温暖化の実状と対策、自然エネルギー、重油事故関係、クリーンアップ活動、環境家計簿、エコロジカルアート、エコ・ボランティアなどなど。この日は、環境写真コンクールの展示(西新宿のOZONEにある東京ガスのショールームで毎年開催されるのと同じもの)だった。草の根的な活動も扱う上、それをきれいな形で展示するので、いわゆる市民イベントで展示するのとは違い、いい意味で高品質感が出るのがまたいい。(環境保護に関する展示で高品質というのは本来合わない話ではあるが...)
  5. 閲覧できる図書はそう多くはないものの、リーフレットやチラシの種類や量は十分。これまでも得難い情報をいろいろと入手させてもらった。(ちなみに筆者ホームページにあるアクセスポイントリストを作る時にも随分と役に立っている)

 この日もチラシの掲示で一つ有益な情報を得た。古切手を収集する市民グループは数あるが、ここのは実に明確なアピールである。海外収集家からの要望が引きもきらず、供給が追いつかないとある。ありふれた80円切手でもいいというのだから、これは送らない手はない。送り先は、〒162-0051 新宿区西早稲田2-3-18-23 日本キリスト教海外医療協力会 切手部御中(TEL03-3208-2418) 切手の周りは1cm程度余白を残して切り取るのがコツ。とにかくまとめて送ってほしい、とのこと。これをお読みの皆様、ひとつご協力を。

 そして忘れちゃいけない。GEIC「地球環境パートナーシッププラザ」のさらなるご利用ご活用をぜひともお願いします。

 毎年、週間予報に一喜一憂させられる4月の第二土曜日日曜日。だが今年ほど直前の予報が当てにならなかった年はないと思う。フェスティバル前日の4月11日は、全国的な日本晴れ。その勢いでフェスティバル当日も当然晴れるものと思っていたが、起きてみると肌寒く、薄曇り。おまけに灰褐色の雲が流れている。今回は週間予報通り曇り/雨か、と4月12日の朝方は思っていた。ところが、あれよあれよと雲が引き、昼前には晴天になってしまった。前日の予報を聞いていなかったが、どうやら曇り時々晴れに変わっていたようだ。ともかくこれで筆者がフェスティバル実行委員になった1993年からは毎年晴天に恵まれていることになる。自称晴れ男でも何でもないのだが、お天道様が味方してくれているのは確かなようだ。

 今回は中央広場に繰り広げていたテント出展は取り下げ、正面入口と奥手の児童センターに企画物を集中させた。中央広場は風が吹き降ろす格好の地形になっているので、毎年テント出展は風に泣かされていた。配布するチラシが飛ばされて、それを拾い集める手間と言ったらなかった。その教訓から本部テントの類は正面に構え、本部扱いのパネル展示は児童センターに振り分けた訳である。この策が奏効して、パネル展示は前日から周到に用意できたし、風対策に人手をとられることもなかった。お手伝いスタッフの不足が心配の種だったが、少数精鋭で乗り切ることができたのは幸いだった。もちろん勝手知ったる常連スタッフが力を合わせた結果なのだが、少数の方がむしろ高効率なこともある、これは思わぬ発見だった。

 準備段階ではいろいろトラブルが多かったが、上述の通り、フェスティバル当日は至って順調だったと言える。スタンプラリーのシート3000枚は開園からハイペースでさばくことができ、スタンプ押しのトラブル、プレゼント引換のトラブルも特になし。会場が広いので、スタンプのポイント全てを回るのは難しい。そこで通過型と参加型の枠を用意し、前者は全部押す、後者はどれか1つに参加して押してもらえばOKという設定にした。ところが午後になるとスタンプを全部押してきたこどもたちや親子連れが結構やってくるので仰天。これはうれしい誤算だった。参加型の例を挙げると、ケナフの紙すき、自転車発電、川が汚れる原因を考える、拾ってきた木片でアクセサリーを作る、といったもの。それぞれが環境教育にちなんだワークショップであり、その全てに参加できたとしたら、ちょっとしたものである。こどもたちにとっては、学校でそうそういっぺんに体験することはないだろうし、親御さんにとっても、いろいろ学ぶところがあったとしたなら喜ばしい限りである。

980412.jpg 目玉は、坪田愛華さん原作の「ちきゅうのひみつ」に出てくる「アース君」。今まではパネル展示、ビデオ上映での登場だったが、今回は何と着ぐるみ人形に出演してもらい、立体的にアース君を楽しんでもらうことができた。名札がついているからそれを見れば「アース君」となる訳だが、遠くからでも「アースくん!」のかけ声をともにこどもたちが瞬く間に集まってくるのには驚いた。この知名度はいったいどうしてなんだろう、なんて言っていられない。アース君役はさすがに遠慮したが、マネージャよろしく付き添っていないと、時々アース君がひどい目に遭ってしまう。何せ頭の周りが1メートル近くあるものだから、まず目立つ。そしてそれを叩いたり、けっとばしたくなるのは、こどもにとってはごくありふれた衝動なんだろう。こどもたちを制止する役回りが必要になろうとは... もちろん、握手を求める、手をつなぐ、やさしくなでる、こうした行為が圧倒的だから、見ているこっちとしても情操面で救われるのだが、特にサッカー少年には空いた口がふさがらなかった。できるだけ少年達の一団と接触しないように誘導していたのだが、見つかるとすぐヘディングにキックの応酬である。「地球を大事に」「みんなが住んでる地球だぞ」なんて言ってもあまり効き目がない。どうにも言うことをきかないのがいたので、アース君役を彼に代わってもらうことにした。当然仲間が同じ仕打ちをするから当人はたまらない。さすがにこりたらしく、最後は握手して帰っていったが、丸いものに対する意識が攻撃的にしか向かないのかと思うとちょっと情けない。サッカーボールを地球儀に変えたら、少しは穏やかになるんだろか、なんて考えてしまう。アース君を通した環境教育、情操教育のあり方はぜひ考えておきたいと思う。それはこどもに対してだけでなく、ご両親を含めた話として。つまり、アース君に接する時は、地球そのものに接するのと同じ、ということをである。

 昨年はテレビの取材に関わったりということもあって、思うような身動きがとれず不本意だったが、今回のフェスティバルでは、ひととおりのイベントに目を配ること、出展者と会話すること、実際にワークショップを体験すること、といった参加者的な部分が半面楽しめたのでありがたかった。実行委員をする前に、まずは一参加者たれ、といったところだろうか。自分が参加してみたいものを企画できるのが実行委員のよいところである。それを実際に体験できないようでは実行委員をやっていても意味がない、ということを改めて感じた。

 こどもの国協会の皆様、環境教育ワークショップ・テント出展の関係者の皆様、実行委員・お手伝いスタッフの皆様、フェスティバルに向けてご指導ご協力いただいた数多くの皆様、そして何より当日ご来場ご参加いただいた皆様には、本当に感謝したいと思います。今回はいろいろ思い入れのあるフェスティバルでした。実行委員代表という訳ではないので大それたことを言う立場ではないですが、この場を借りて御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

【参考情報】

 第12話では悠長にも「寒中クリーンアップ」なんて言っていたが、灯台もと暗しとはまさにこのこと。ふだんのクリーンアップエリアから、京浜東北線・宇都宮高崎線をはさんだ反対側で、何ともショッキングな事態が起こっていた。昨秋の荒川下流全域の一斉クリーンアップを実施した際、オプションで植物観察会を行った場所、そこは一面の草っ原で、「オオケタデ」「オオイヌタデ」「ヤナギタデ」「チカラシバ」「ヤブマメ」はもとより、何と「コスモス」も咲く、近辺では珍しいほどの植物の自生地、宝庫だったところである。年度末とは言え、何とも性急なことに、ブルドーザの轍も生々しく造成が進んでいたんだから驚くしかない。もともと交通公園だったところが、放置され、人手がかからなかったことで植物が自然に繁茂したのは、当地に暮らすようになってからずっと見届けてきたからよくわかる。その「草原」が見る影もないのである。ここを通りがかったのは何とも皮肉なもので、赤羽岩淵の水門界隈にこの程、開館なった「荒川知水資料館」の一般公開に向う途中のこと。知水資料館の一帯は「岩淵みんなの散歩道」とのふれこみで、親水公園を意識した整備が進み、既にその片鱗を見せているが、その延長というか一環というか、先の京浜東北線・宇都宮高崎線鉄橋あたりから、岩淵にかけての荒川河川敷ではそんなこんなの工事が盛りを迎えていた。

 落胆を胸に歩を進め、新荒川大橋の下をくぐり、ともかく知水資料館をめざす。話が前後するが、ここ「岩淵みんなの散歩道」は、その名にしては残念なことに、実に一般的なアスファルト舗装でできている。コールタールの色艶・匂いが存分に残る不自然な歩道を歩いていると、河川行政について意見したいという気持ちはどうにも禁じ得なくなってくる。アスファルトは水をはじく、ということは河川が増水した時、この道はどうなるのか。透水性舗装、それにタイヤの廃材を配合したものにできれば、歩きやすいし、水も河川敷の土に還れるはず。部分的には緑色に塗装してあり、親しみ感を持たせた道路舗装になっているが、根本の発想が何とも貧弱に思える。

980329.jpg 知水資料館は開館初日から大入りのにぎわいである。赤水門・青水門一帯で「荒川土手 さくら祭り」なるイベントを併催したせいもあるだろうが、これは流域住民の川への興味・関心がやはり高い故であろうか。写真を添えた手書きメッセージで荒川の今を伝える「ニュースマップ」、川に棲む生物の観察や紙すきの実演ができるワークショップ向きの「荒川テーブル」などは、なかなか好感が持てた。ここに来るまでの憤懣が中和しかけた時、「あらかわご意見板」なるおあつらえむきの展示に遇した。建設省・東京都・北区の荒川の整備計画や取り組みが一望できる。しかも開示資料付き。早速、草原を根こそぎにした計画を調べてみる。堤防スタンドと高水敷(?)...となっている。どうやら運動場と観戦用のスタンドになるようだ。スタンドは段丘を利用して板状のベンチシートが既に埋め込んであったのを見た後だったので、計画の察しがつく。川岸部分は親水を謳い、お花畑も設けるとある。しかし、植物の自生を促すような場所はなさそうだ。結局、草原の跡地は全て人手がかかることになる。昨秋でコスモスが見納めになってしまうのだとすると、こんなに非情なことはない。意見コーナーなので、然るべき用紙と回収箱が据え付けてあった。これを逃す手はないと思い、想いの丈を書き綴る。と、いつしか荒川クリーンエイドの関係諸氏が声をかけつつやってきて、「いや実はこれこれで」「ふむふむ」などと始まったものだから、大変である。すっかり河川行政談議になってしまった。アスファルト舗装のこと、スーパー堤防のこと、護岸脇の不法投棄ゴミのこと、などなど。あらかわ学会の方や、当の建設省の広報担当とも話を交えたため、いささか激昂調子である。意見のある大人の話を聞きつけてか、通りすがりのこどもの一人が「子どもが遊べる場所がほしい」と言い残していったのが忘れられない。その子からその場でいろいろ話をしてもらえばよかったと、今思う。

 投函した意見には、後日回答書付きでご意見板に貼り出されることになっている。そのうちしかと見に行かないと。ともかく回答の如何に関わらず、次にクリーンアップをする時など、以後は近辺の整備事業には目を向けておく必要がありそうだ。

 今年も4月22日のアースデイ(地球の日)が近づいてきた。アースデイにちなんだ催しとしては、全国各地で開催される「アースデイ・フェスティバル」があるが、筆者はそのうち、横浜・こどもの国で開催されるフェスティバルの実行委員をしている都合上、この時期になると何かとあわただしくなる。

 今日は、当のこどもの国へ出かけ、他の実行委員メンバーと下見がてら打合せである。今年のフェスティバルは、昨年まで実施していた環境団体によるテント出展やアトラクションを盛り込んだステージの設営を見送り、よりソフト面を重視したものにすることにした。そうなると、こどもの国で開催当初より一貫してテーマに据えている「環境教育」に自ずと比重がかかってくる。そうした経緯から、今年は従来の環境教育プログラムに加え、ネイチャーゲームを展開してみようということになった。今日の打合せでは、神奈川県の地域ネイチャーゲームの会では最大手の「湘南ネイチャーゲームの会」の皆さんと合流し、フェスティバルでネイチャーゲームを実施するにあたっての意見交換等を行うことができた。

 ネイチャーゲームに下見は不可欠。ひととおりの打合せを終えた後は、早速、フェスティバル当日に実践するゲームの内容と場所の確認である。昨年11月にこどもの国でネイチャーゲーム初級指導員養成講座を受講した時の感覚を思い起こしながら、だが今度は自分で実践することを想定しながらなので、入念に考える。実際にゲームをするのはフェスティバル当日(4月12日)なので、今よりは春景色が期待できる。湘南ネイチャーゲームの会代表の上級指導員の方の助言もあって、森の中の色を探すゲームをまずすることに決めた。草の色、花の色が鮮やかな季節にはぴったりである。参加対象をこども中心に考えると、場所はこどもが集まりやすく、かつ誘導しやすいところということになる。といった具合で、フェスティバルの実行委員としてではない、違った見方で園内を回れるのが又楽しい。その上、この蕾は何だろう、この土の感触はどうだろう、などとやっていると指導員養成講座さながらである。

 さて、春らしい陽がどことなく差し込む中だが、風は冷たい。冷え込みきる前にネイチャーゲームの下見を終え、次は、パネル展示をする予定の児童センターの様子を見る。昨年は本部にかかりっきりだったので、久しぶりだった。思ったより展示スペースが広いことがわかり、予定している展示がこなせる見込みがついた。

 他の主だったイベントについて、現時点では次のような状況である。

  1. 環境教育ワークショップ(リーダー養成コース)~「自然を大切にする心、みんなに伝えよう!」
     主催は、かながわ環境教育研究会。現在、参加申し込み受付中。
  2. 環境教育ワークショップ(一般コース)
     環境教育団体の参加で決まっているのは、矢上川で遊ぶ会、あそびの国、日新カモミール、非木材紙普及協会の4団体。これと今日下見を行った、ネイチャーゲーム(午前1回、午後2回)。環境教育団体の参加は引き続き交渉予定
  3. 自然エネルギー展
     (株)ワーカーズコープ エコテックによる出展は、自転車発電、簡易ソーラーパネルによる電化製品の稼動実験、風車による発電等。グリーンピースジャパンによるソーラーキッチン「サンクック」は検討中。
  4. 「地球交響曲 第三番」上映会
     皇太子記念館にて開催。入場は無料。午前10:00~と午後13:30~の2回上映。各回2時間30分。
  5. 児童センターパネル展
     「絶滅しそうな動物写真」(内山晟氏)、「道はだれのもの?」(クルマ社会を問い直す会 同写真展東京実行委員会)、「ちきゅうのひみつ」(地球環境平和財団 AIKAクラブ)、「ストップ!地球温暖化」列島縦横エコリレー紹介展、「エコロジーライフ提案」、協賛企業によるパネル展示(ビールビンのリサイクル)、環境教育CD-ROMのデモンストレーション、環境教育ビデオの上映、等。

 今日で一段落がついたとは言え、実行委員会事務局の運営、チラシの配布、広報の充実、環境教育ワークショップ参加者の募集、当日のボランティアスタッフの募集、案内板やプログラムの作成、などなど、作業は続く。フェスティバル当日まで1カ月をきり、実行委員一同、気を引き締めているところ。早く開催したい、いやもうちょっと時間が欲しい、と心動く時期でもある。

 末筆ながら、皆さんのご声援ご参加、心よりお待ちしています!

 筆者の自宅裏手には新河岸川と荒川が並行して流れている。といっても、荒川の河川敷はサッカー場やゴルフ場が開ける程の広さがあるので、川と川の間の距離はそれなりにある。それでも、荒川の堤防というか段丘を下りるとすぐ新河岸川という構図になっている。

 その荒川堤防部分は雑草に覆われることも多いが、大抵は除草されているのでちょっとした芝地の態である。この季節、人出が少ないのでそんなにゴミは出ない筈なのだが、前回10月の一斉クリーンアップの直後から早くも目に付き出したゴミがゴミを呼んだらしく、遠目で見ても紙屑をはじめ、結構ゴミが落ちているのがわかる。除草してあると余計に目立つので、拾う方としては好都合なのだが、景観を楽しむ場合には困りものである。

 さて、今日は3月1日だと言うのに時折強い風吹く降雪・積雪に見舞われている。先週のクリーンアップにぶつからなくてよかった、と胸をなでおろすばかりである。先週日曜日は日がまだ低い時分は肌寒かったものの、クリーンアップ開始時刻の10時過ぎから暖かくなり、解散時刻の昼前には体を動かしたせいもあろうが、すっかり暖まっていた。今日の天気と好対照、好天と陽気に恵まれたクリーンアップだった訳である。

 一斉開催分と筆者の任意開催分あわせて今回で6回目。北区自然環境グループの皆さんに来ていただいて総勢8名になったので、任意開催にしてはまずまずとなった。遠くから眺めても目立つ訳だから、近くに寄れば尚のこと。コンビニ系のゴミ(弁当容器・パッケージ、ビニール袋類)は少なかったが、紙の切れ端がなぜか多かった。あとは、前回の一斉クリーンアップの時もそうだったが、ペットフードのパッケージ片がやたら多かった。犬を連れ歩く人の姿はふだんからよく見かけるが、どうもマナーがなってない人が多いようだ。ゴミを拾う傍らで捨てることはさすがにないだろうが、拾う人がいるから捨てても構わないだろう、という認識を与えてしまっている心配もある。直接対話した方がよいのか、黙々と作業する中で心の言葉を発するにとどめた方がよいのか、悩むところである。

 8人がかりということもあって、用意していた荒川クリーンエイドオリジナルのゴミ袋10枚は、すぐ出払ってしまった。バックアップで用意してあった分も使って、入れ替えたり、圧縮減容したりしたが、それでも10袋近くの収量になった。今回、皆でゴミの分析をする中で再認識したのは、どうやら心ない釣り客が出すゴミが結構多い(何といっても新聞・雑誌の類)ということだった。現場をおさえている訳ではないが、落ちている場所から考えると、新河岸川で釣りをしている間に読んで、置き去りにしていくのではないか、と推論できる。ビニール袋に詰め込んで雨ざらしになってるものだから、かさばるし重いしでクリーンアップ泣かせの難物である。クリーンアップしている最中はなぜか釣り客連が姿を現さない(どこかに隠れていたのかも知れないが)ので啓発できなかったが、そのうち釣り客を見つけたら、抜打ちでその周囲をクリーンアップしてみようかとも思っている。

 ひと作業終えた後は、ゴミに向けていた目を今度は植生観察に転じる。ノビル(野蒜)とオオイヌフグリが特に目に付いた。あとは、地面に這うように葉を拡げるオオバコ。何でも寒風をよけるためにぺったんこになっているらしい。たくましい草葉である。モグラ塚にもお目にかかれた。頭を出してはひっこめて、を繰り返すと、そこここに小さな盛り土ができあがるとの談話を北区自然環境グループの動植物博士からいただいた。何かの土木作業の後かと思っていただけに、実に新鮮な発見だった。荒川河川敷にはモグラが堂々生息していることになる。

・・・寒中クリーンアップの醍醐味は、近づく春との出会いにつきます。

 消費生活アドバイザーの資格は、技能よりも、その人の資質を認定するものと言われる。会社でこの資格を活用し得る場面としては、一般的にはお客様相談室であったり、販売部門や品質管理部門であったり、あるいは全社的に顧客満足度(CS)向上を推進するとしたらその担当部署であったり、要するにお客様との接点がある、お客様の視点で業務を進める、といった職務の中で活かすことが考えられる。お客様寄りの知識や苦情処理の技術もさることながら、製品を購入し、使用するお客様(一般ユーザ)の立場・視点を有しているかどうか、生活者の感覚を持っているかどうか、そうした資質面での要素が大きく問われる訳である。

 製造業においては、顧客からの注文を受けてから、実際に製品が顧客の手元に届くまでのプロセスを一貫して考える必要があるものの、そのプロセスの中では多種多様な業務や部署が入り組んでいて、顧客を意識したプロセスを構築していくのは現実的には難しい。つまり販売部門や品質管理部門が顧客対応に専心している一方で、顧客との接点が薄い部門では、顧客のニーズや満足感(品質、納品の速さ、価格、安心感、その他の要素)が容易に伝わらないこともあって、プロセスが内向的・求心的になってしまう。全体のプロセスを顧客寄りに変えようとする取り組みは筆者の勤める会社でも進められているが、それが容易ならざることは常々肌で感じているところである。(筆者がこの取り組みに関して技術研究報告としてまとめたものは、前回第10話で沖縄に出張して発表したところである。) 消費生活アドバイザー、又はそれと同等の資格・資質を持つ社員が、顧客との接点が薄い部門に配属され、プロセス改革に積極的に取り組めるとしたなら、それは顧客寄りのプロセス実現への一つの鍵となるものと思われる。

 そうした自部門のプロセス改革に関する業務は、アドバイザーの資格の有無を問わず、日常業務となっているため、筆者がアドバイザーとして関わっている作業はこれとは別にある。お客様相談業務でも、社員向けの消費者教育でもなく、アドバイザーならではのチェック項目を使った自社製品の取扱説明書に向けた審査活動、これが中心である。「マニュアルコンテスト」と題する取り組みの一環なので、多くは語れないが、筆者の平素の活動の延長で、マニュアル(取扱説明書)の環境アセスメントに力を入れることにしている。アドバイザー資格は解釈のしようで、いろいろな取り組みが考えられる点で、やはり本人の資質如何であることに合点がいく。

 製品取扱説明書に通常掲載されることの多くは、人体への影響や危険性を回避するための製造物責任法(PL)に則った「安全」に向けたものだが、これと同様に地球環境に対する安全を保証する観点が必要と思っている。環境への安全を保つことで、人体への安全につなげるという発想からのアセスメントである。

 次の3つの着眼点をまず設定した。

  1. ライフサイクルアセスメントの発想に則った製品作り・製品流通を促すためには、企業側の努力はもちろんながら、お客様の協力は不可欠である。製品情報の媒体である製品取扱説明書に環境保全面の思想やコンセプトをできるだけ反映し、お客様の協力を促しているかどうか。
  2. あくまでお客様へのアドバイスとして、修理・保守・交換・廃棄・回収等を環境保全指向で記載してあるかどうか。そして、賢い使用法(エネルギー・資源の消費を抑える)についての解説をはじめ、長く愛着をもって使ってもらうための工夫等を伝えているかどうか。これは、消費者の環境保全への配慮を促すのと同時に、それらが結果的に、お客様自身の利に適う、安心につながるという点で重要なポイントと考える。
  3. 製品本体はもとより、製品取扱説明書自体の環境保全性・環境調和性を評価する。環境に対する思い入れがまずあれば、それに付随して、環境アセスメントに十分堪える評価が得られるものと思われる。

 具体的なチェック項目案は次の通りである。

  • マニュアルに記載されている内容

「再生原料をどの程度使用しているか、又、製造工程で環境にどの程度負荷を与えたかを説明してあるか?」
「製品が生まれ変わるフローについての説明と、解体後の再生部品についての紹介があるか?」
「製品が不要になった際の適切な処理の方法についての記載があるか?」
「待機電力についての記載がされているか?」
「故障を事前に回避する為の日常メンテナンス方法が記載されているか?」
「廃棄した場合の環境への負荷について記載されているか?(例:有害物質・ダイオキシン等による水質・土壌・大気への影響)」
「回収ル-ルが決まっているものについては、そのル-ルが記載されているか?」

  • マニュアルの体裁

「非木材紙を使っているか? 混入率についての記載はあるか?」
「マニュアルが不要になった時、リサイクルに回しやすい体裁になっているか?」
「環境に配慮して、例えば大豆油配合といった天然成分のインクを使っているか?」
「蛍光塗料や顔料等の使用は抑えてあるか?」

 チェック項目の中には、明確な審査が難しいものも含まれているので、実際の審査項目はかなり絞られたものとなっているが、何はともあれ消費生活アドバイザーによる審査ということで、斬新な内容にはなっている。もちろん、環境面にとどまらず、アドバイザーならではの着眼点・チェック項目は他にも用意されているので、審査過程・審査結果が楽しみなところである。

 製品本体の環境アセスメントはもちろんだが、お客様との接点である取扱説明書の環境アセスメントを以って、総合的なアセスメントにつながれば、という思いのもと、社内のアドバイザー諸氏と審査活動を進めているところである。自社製品全てにわたり、こうした観点も採り入れた形で取扱説明書が制作されればすばらしいこと、と願いながら。

※本文は、「環境・国際研究会」のニュースレターにも引用・掲載される予定です。

 京都から帰ってきた矢先に、自宅宛に電話が入ってきた。12/1の21:30頃のことである。何と日本経済新聞社の記者の方からで、思わず耳を疑った。聞けば、同紙社会面の「サラリーマン」と言う連載コーナーがあって、地球温暖化防止京都会議開催期間中の特集で、「地球を守る」と言うのを組むそうである。「冨田さん、京都からお帰りのところで、グッドタイミング」との言うので、「ではともかく一度お話に参りましょう」とついぞ受けてしまった。

 社名を伏せての掲載ならともかく、できれば社名を出した上で紹介したいと言うので、翌日早速、広報部に事情を説明し、同時に上司の了解をとりつける。取材に応じる、というつもりでもなかったのだが、結果的には事後追認のような形になってしまい、広報部の方には応じる前に相談するようご忠言を頂いてしまった。とにかく12/2の夜に大手町にある日経新聞社を尋ねることにした。

 担当の記者殿は、一度は次長クラスまで位を上げたものの、一記者としてフィールドワークをしている方がいいということで、社会部記者に戻ったという大人物だった。社会部ならではの体制寄りでない切り口を取材の端々で感じた。こっちとて会社員である前にまず社会人としてありたい、なんて小生意気なことを言っている小人物だから、何となく意気投合してしまって、肝心の「地球を守る」活動にあたる部分から脱線して、座談会よろしく語らいの場になってしまうのだった。おかげで約2.5時間の密着取材になり、その後も話の続きにつきあったため、帰る頃には、京浜東北線の終電もなくなって、おそらく生まれて初めてであろう深夜の高額タクシーを拾うことになってしまった。初乗り340円のタクシーだったものの、2km過ぎれば同じこと。神田~赤羽岩淵で5000円超である。新聞掲載料と思えば、高いか安いか...などと考えながら、師走初めの寒風の中、家路を急いだ。

 さて、その記事だが、12/9~11の3日間、聞いた通り、掲載された。よく考えるとミニコミ紙やローカル新聞に名前は出たことはあるものの、全国紙にこうした扱いで載るのは初めてだったので、ありがたいやら、お恥ずかしいやら、何とも複雑な思いで目を通す。座談会調の中での取材だったので、いささか不安もあったが、「あぁ、やっぱり」と残念な部分がいくつか見つかった。結局3日間の連載で、「これは納得」と言うものがなく、ところどころ誤記や誇張があって、顔から火が出るとはこのことか、と言う具合である。

※ここで、訂正コメントを記しておくことにします。関係各位の皆様にはどうもご迷惑様でした。

971209.jpg ◇12/9付 「地球を守る④」

  • 「列島縦断エコリレー」ではなく、「列島縦横(じゅうおう)」の誤りです。
  • 緑色のウィンドブレーカーをまとっての自転車隊は、エコリレーのスタッフが中心で、600人の参加者全員ではありません。

971210.jpg ◇12/10付 「地球を守る⑤」

  • 誤記が2カ所あります。口座→講座、単体観察→天体観測、です。

971211.jpg ◇12/11付 「地球を守る⑥」

  • 「地球を守る⑤」では正しく紹介されていたのですが、⑥ではアースデイが春と秋に行われることになってしまいました。4月22日が全世界共通のアースデイ(地球の日)ですから、秋にアースデイはありません。
  • 従って、横浜・こどもの国でのフェスティバルも春の開催です。
  • 社員を対象に開いているホームページはボランティアに関するものでなく、消費生活アドバイザーに関するものです。

*他にも細かく言えばいろいろあるのですが、主だったところを書きました。

 新聞記事の品質チェックも消費生活アドバイザーとして必要なのかな、と思う次第。もっとも記事が出たおかげでいろいろな方からお問い合わせや励ましのおたよりを頂けたので、よしとしなければいけませんね。担当の記者殿には、申し入れ方々御礼状を出しておきました。今度また、取材する機会がありましたら、きっちりお願いしたいと思います。

 ☆東京モノローグ、今回は東京を離れて京都からのレポートです。

 11/29のJRダイヤ改正で新大阪~博多を走っていた500系新幹線のぞみが東京入りすることになった。指定席を電話予約する時に偶然気がついて、何はともあれ乗ってみることにした。今回の改正で500系を乗り入れたのは、やはり地球温暖化防止京都会議(気候変動枠組条約第3回締約国会議=通称COP3)に備え、東西から京都入りする乗客の輸送スピードをアップする意図と同時に、JRとしてさりげなくPRを込めたかったからでは、とふと思った。

 「ストップ!地球温暖化 列島縦横エコリレー」の自転車は東京~京都の間を約20日間かけて走ってくる訳だから、それをたったの2時間14分で来てしまうのは、何とも申し訳ないと言うか、物寂しいと言うか。速さに感激するよりもそうした感情が強かったのは確かである。加えて、地道に人力で走り続けることの偉大さと、エコリレーに寄せられるたくさんの思いやメッセージの重さ・熱さを感じずにはいられなかった。とにかく自分にできることは、全国から京都をめざして集まってくるその自転車の隊列を出迎えることと、11/30のエコリレーのフィナーレを飾る京都市内での自転車パレードの準備くらいなもの。スタートからゴールまで走り通した方々の労にはとても及ばないものの、少しでも手伝うことができるなら、と馳せ参じた次第である。

 景観論争を起こした京都の新しい駅ビルは、確かに論争を呑み込むかのような威容で、古都の玄関口とにしては立派すぎるつくりだと思った。COP3で訪れる外国客は、この京都駅を見てどう思うだろうか。太陽光発電はあるようだが、他に風力発電の設備を付けるとか、雨水を使った中水道を設けるとか、壁面緑化なり、ビオトープを作るなり、もっとエコロジカルな駅をめざしてもよかったのでは、と思う。とは言え、集客力は抜群だし、皆さんにこやか顔で駅ビルを堪能しているのがよくわかったので、それはそれでよしとすべきだろう。駅ビルをひととおり見物した後、まだ自転車が到着するには時間があったが、とにかく集合会場である山陰本線の二条駅へと急いだ。

 16:30の集合に対して、17:00までに着いた自転車隊は3コース分。街宣カーの先導に続いて、続々と自転車が走り込んでくる。出迎えの人数はちょっと少なめだったが、労をねぎらう声援と拍手で大いに盛り上がった。感極まる場面である。東北・太平洋コースの隊もやってきて、自分が第一京浜で乗ったであろう自転車と再会した時は、言い知れない歓喜を感じた。翌日は6つのコースに分かれた自転車パレードが市内を縦横に走る。パレードは大谷大学にいったん集結した後、連なって京都市役所をめざしてフィナーレを迎えるという設定。二条駅の集合会場は、その6つのコース分けが既にされていて、自転車が手際よく並べられていく。何台くらい運んだのか覚えていないが、それだけ夢中になって作業していたんだと思う。自転車と旅を続けてきた旗幟は、風雨や排気ガスと闘った後と言うか、当然のことながら、かなり摩耗が進んでいた。使用に耐えるものとそうでないものを分けたりしながら、残りの自転車隊の到着を待つ。すると辺りが暗くなり始めた頃、大粒の雨と稲光が襲ってきた。この時の低気圧は静岡でも猛威を奮ったそうで、東海道新幹線を止めてしまったと言うから空恐ろしい。新幹線で足止めを食って、11/30の準備で京都入りする筈のスタッフの到着が遅れたこともあとで聞いた。ともかくこの大雨のせいで、残りのコースの自転車は、走行を中断し伴走のトラックに積み直しての到着になってしまった。盛大な出迎えができなかったのが惜しまれるところである。

971130.jpg さて、雨が降り尽くしてくれたおかげで、寒さは厳しかったが、11/30は朝から程々の天気となった。予定ではもう一度二条駅に行って、自転車パレードの出発の手伝いをする筈だったが、急遽、フィナーレの会場になる京都市役所へ行くことになった。そこで開催される「市民環境フェスティバル御池」の設営準備の人手が足りなかったのである。いつものアースデイのメンバーと合流し、エコリレーのブース出展の準備と、エコリレーの各コースで集めた様々な方達の寄せ書きが詰まった長~い布を貼り出す作業に徹した。他のNGOの出展を見て回ったり、東京で顔なじみの方々と会話する余裕が少しはあったのでよかったが、布を人目に留まるようにセッティングするのには本当にてこずった。時折強く吹く風のせいで、布を掲げるポールが倒れてしまうのである。結局、地面に直接貼り付けるなどして、何とか収拾。あとはエコリレー(自転車パレード)の到着を待つばかりとなった。そしてその時は訪れた。予想していたのとちょっと違う現われ方だったので意表を突かれたが、14:00を回った頃、京都府と京都市の長、それに岩垂元環境庁長官の先導で、自転車約600台が次々と市役所の玄関前めざしてゴールイン。感動的なフィナーレ(温暖化への取り組みはこれからがスタートでしょうが)を現場で体感・共有することができた。

 エコリレーは総勢約1万名の方々の参加を受け、その間集めた自治体首長からのメッセージ数は、最終日の京都市と京都府を含めて1395になったとのこと。フィナーレには大木環境庁長官も駆けつけ、荒巻府知事から1395のメッセージが手渡された後、COP3の成功に向けた決意表明がなされた。(COP3では、このメッセージに託された思いを受け止め、国益ではなく地球益を優先する形で、大木議長にはまとめあげてもらいたいと思っています。)

 エコリレーでは1件の事故や負傷者も出なかったと言う話を聞き、安堵すると同時に、クルマ社会の今日にあって極端なことを言えば、神憑り的なものを感じた。自転車の復権、底力を示したこの一大プロジェクトは、温暖化防止にかける多くの人たちの熱く厚い思いが実を結んだ成功例として、そして具体的な温暖化防止行動・環境保全行動を促す原動力として、記憶され、継承されることは間違いないだろうと思う。

971201.jpg 市民環境フェスティバルの撤収後は、エコリレーの紹介ブースを国際会館で出すと言うので、その準備に向かった。12/1の国際会議初日は、パスの余分が出なかったため入れず、外側を見て回っただけだったが、11/30にちょっとだけ入れたのは幸いだった。X線の手荷物検査に面食らったり、場内の照明やコピー機がフル稼働状態だったのに閉口したりしたものの、国際会議の緊張感・臨場感が体験できたのは、今回のお手伝いツアーでのもう一つの大きな収穫と言える。

 会期中はアースデイの常連スタッフは現地にいます。こっちは留守番しながら、会議の行方を見守るのみ。心からエールを送りたいと思います。

 12月に開催される地球温暖化防止京都会議(気候変動枠組条約第3回締約国会議=通称COP3)に向けて、日本列島各地を自転車のツーリングでリレーして、京都をめざそうと言うNGO挙げての一大イベント、「ストップ!地球温暖化 列島縦横エコリレー」が11/8に東京入りした。青森県を起点とする「東北・太平洋コース」の流れを汲んで、千葉県から渡った自転車バトンは、11/8のうちに北千住へ、翌11/9には原宿・表参道での街頭アピールに一役買い、11/10は23区の各区役所を起点にしたり経由したりで、新宿区役所と都庁をめざして、再度集結といった具合。そして11/11はいよいよ神奈川県へのバトンパスと言うことで、筆者も参加させてもらった。

 田園調布から蒲田駅行きのバスに乗り、久が原界隈をめざす。集合場所の詳細をつかんでいなかったので、とりあえず聞いた通り、久が原センターなるものをバスの窓外から探しながらの乗車である。すると、安浄寺と言う停留所に止まる手前の児童公園で、エコリレーの自転車隊と思しき一団が目に留まった。あわてて安浄寺で降り、その一団と合流、すかさずエコリレーに参加という、何ともハプニング調の出だしとなった。久が原センター集合では?と尋ねると、ここに変更になったとのこと。久が原センターについても尋ねてみたら、この日のエコリレー主催団体であるマイコープ大田の久が原センターを指していた。てっきり大田区の出張所か何かかと思っていたので、あやうく乗り過ごすところだった訳である。こういう時ばかりは本当に強運だと思ってしまう。

 乗りなれないサイクリング専用の自転車なので、不安定さが隠せない。最初は乗りにくそうにしていたマイコープの奥様方は、何だかんだですぐ順応してスイスイ走っている。予め後尾を走っていたので、不格好さを笑われずに済んでよかったと、これを書きながら述懐してしまう自分がちょっと情けない。何はともあれ、用意された自転車に乗って、池上本門寺や呑川沿いを颯爽と走れるんだから、これはちょっとしたレンタサイクル気分である。もちろん後輪には「ストップ!地球温暖化」なんて旗幟をくっつけてる訳だから、単なるサイクリングとは一味違うのだけれど。

 10時ちょうどに大田区役所に着くと、区長以下、関係する区職員の方々の出迎えを仰ぎ、特にバトン自転車は拍手の中を正面に通され、思いがけず晴れ舞台に上ることになってしまった。青森から延々と乗り継いできたのならともかく、たかだか2kmちょっとでの歓待だったので恐縮の極みである。京都会議に手渡される、リレー各通過点での自治体首長のメッセージに大田区長の分も加えられ、その旨あいさつを頂く。他にも関係各位からの激励や、リレーチームの声明発表等が続き、ちょっとしたセレモニーになった。(久が原からのエコリレーを含め、このセレモニーの準備に労を尽くしたマイコープの皆さんには本当に敬服させられました。) さて、セレモニーが終わるといよいよプラカードや小旗を持った行進チームと自転車チームによるねり歩きが始まる。大森駅までの約1kmである。「止めよう、地球温暖化!」の声が響く。自転車は大田区役所からの合流もあって、一列に連なると結構な長さになる。自転車を押す人の背には「ストップ!地球温暖化」の表示。温暖化をこれだけストレートにアピールするデモンストレーションがこれまであっただろうか、と自分も含めて感心してしまった。商店街の狭い歩道を通ると、通行の妨げになる点は否めないが、その分注目も集まるというものである。時折、一般の方との会話も生まれる。温暖化に対する関心を少しでも高めてもらえたのなら、ありがたい限りである。ゆっくり進んで大森駅東口に着いたのは、11時であった。

971111.jpg 大森駅を出ると、ここからが自転車リレーの正念場である。第一京浜沿いに、神奈川県境まで5kmほどの道をひた走る。自転車専用道がある訳ではないので、ねり歩き同様、縦一線の走行となり、なかなかの壮観である。アピールの発声はできないけれど、その分「ストップ!地球温暖化」の旗幟が雄弁に伝えてくれているのを感じた。思ったより信号が多く、それも青信号は自動車優先だから、先頭から最後尾まで一気に渡り切れない。休み休みの自転車隊は、11時30分に平和島、11時45分に梅屋敷、11時50分に京急蒲田、といった具合で、「ねり走り」状態だった。抜き去って行く車のうち、何台の車にアピールが届いたかはいざ知らず、遅々とした中にも、確実に京都まで走り継ごうという意志が駆け抜け、沿道に何かを残していったことだけは確か。これは誇っていいことだと思う。予定していたJR蒲田駅での街頭アピールは、こういう訳で神奈川へのバトンパス時刻までの余裕がなくなってしまったため、見送り。そのおかげで12時きっかりに六郷橋に到着した。この時同時に、世田谷区役所から多摩川沿いに走ってきた別の自転車隊と合流できたのは、ちょっとしたドラマだった。連合神奈川の車の先導を受けて、川崎市役所に着いたのは、予定通りの12時30分。バトン自転車は又しても前に通され、大拍手を受けることになる。大田区役所で場慣れしたので、今度は晴れ晴れと歓待を受けることができた。排気ガスと座り慣れないサドルとの戦いはあったが、終わってみればどうということもない訳で、心と体を動かした心地よさと適度な疲れがそれを上回った感じである。それにしても大腿部が痛い...

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