随筆「東京モノローグ」アーカイブでタグ「街」が付けられているもの

 ここしばらく社会派ネタ(?)が続いていたので、気分を変えて東京ネタを一つ。(本来、こういう話をもっと載せたいところなのだが、たまに載るからいいとも言えるし...)(^^; 東京都内・近郊津々浦々、難読モノを中心に、珍しい読み方、ダジャレ風な読み方をまとめて紹介したいと思う。全部読めたら(又はご存じなら)、自称地名通の筆者並み?(回答は末尾に掲載)

《レベルⅠ》:まずは首都圏の市町名から...
 1)青梅、2)福生、3)加須、4)越生、5)酒々井、6)八街

《レベルⅡ》:続いては、駅名(比較的メジャー)編
 7)石神井公園、8)等々力、9)小手指、10)業平橋、11)江古田、12)馬喰町

《レベルⅢ》:都内の地名・町名編
 13)不忍池、14)霞岳町、15)碑文谷、16)麻布狸穴町、17)鹿骨、18)大丸

《レベルⅣ》:駅名(ちょっとマイナー&当たり前のようで意外と難しい)編
 19)分倍河原、20)船堀、21)長津田、22)原木中山、23)弘明寺、24)尻手

◇ひと休み①:珍奇な駅名編 *29)・30)は高知県
 25)小前田、26)南蛇井、27)久留里、28)波久礼、29)後免、30)大歩危・小歩危

《レベルⅤ》:駅名(知る人ぞ知る)編
 31)百草園、32)九品仏、33)飛田給、34)雑色、35)仏子、36)追浜

《レベルⅥ》:駅名(続・知る人ぞ知る)編
 37)河辺、38)小作、39)軍畑、40)社家、41)原当麻、42)逸見

◇ひと休み②:面白いバス停留所名
 43)雨降り、44)夕焼小焼、45)雷、46)女の湯、47)不老、48)金風呂

《レベルⅦ》:知ってると自慢できる?!駅名編
 49)栢山、50)東浪見、51)西登戸、52)飯山満、53)求名、54)飯給

《レベルⅧ》:東京西部の町名&バス停編
 55)切欠、56)人里、57)廿里町、58)押垣外、59)幸神、60)怒田畑

◇ひと休み③:続・面白いバス停留所名
 61)お祭、62)牛房、63)多摩蘭坂、64)絹の道入口、65)ガス会社、66)創価大正門東京富士美術館

《レベルⅨ》:究極!坂の名前(23区内)編
 67)御厩谷坂、68)一口坂、69)土器坂、70)皀角坂、71)比丘尼坂、72)冬青木坂

《ここから回答&解説...》

レベルⅠ:2つずつ順に東京、埼玉、千葉にある市町名。5)は成田と佐倉の間で目立たないが、駅は新しい。

 1)おうめ、2)ふっさ、3)かぞ、4)おごせ、5)しすい、6)やちまた

レベルⅡ:12)以外は全て私鉄沿線。11)は「えこだ」が正しい?

 7)しゃくじいこうえん、8)とどろき、9)こてさし、10)なりひらばし、11)えごた、12)ばくろちょう

レベルⅢ:18)は南武線沿線なので、川崎市内かと思いきや、稲城市にあります。「だいまる」と読んでしまいそう。

 13)しのばずいけ、14)かすみがおかまち、15)ひもんや、16)あざぶまみあなちょう、17)ししぼね(江戸川区)、18)おおまる

レベルⅣ:20)はいまだに「せんぼり」と読んでしまいます。

 19)ぶばいがわら、20)ふなぼり、21)ながつた、22)ばらきなかやま、23)ぐみょうじ、24)しって

◇ひと休み①:25)と26)を続けると、喧嘩調のやりとりになる。29)と30)は土讃線(高知県)の駅名。

 25)おまえだ(秩父鉄道)、26)なんじゃい(上信電鉄)、27)くるり(JR久留里線)、28)はぐれ(秩父鉄道)、29)ごめん、30)おおぼけ・こぼけ

レベルⅤ:31)・33)は京王線、35)は西武池袋線。地元の人にとっては当たり前だろうけど...

 31)もぐさえん、32)くほんぶつ、33)とびたきゅう、34)ぞうしき、35)ぶし、36)おっぱま

レベルⅥ:37)~39)はJR青梅線、40)・41)はJR相模線。

 37)かべ、38)おざく、39)いくさばた、40)しゃけ、41)はらたいま、42)へみ(京浜急行)

◇ひと休み②:( )内は、バス系統名。45)を除いて、奥多摩方面に集中。「夕焼小焼」は有名だと思う。

 43)あめふり(西東京バス・奥14)、44)ゆうやけこやけ(西東京バス・陣15)、45)いかずち(都バス・葛西22)、46)めのゆ(奥多摩駅発で奥多摩湖以遠のバス)、47)ふろう(西東京バス・奥20・21)、48)かなぶろ(西東京バス・奥12)

レベルⅦ:49)を除いて千葉県内の駅。

 49)かやま(小田急線)、50)とらみ(JR外房線)、51)にしのぶと(京成千葉線)、52)はさま(東葉高速鉄道)、53)ぐみょう(JR東金線)、54)いたぶ(小湊鉄道)

レベルⅧ:多摩の西部は奥が深い。( )内は、バス系統名。

 55)きっかけ(あきる野市)、56)へんぼり(檜原村)、57)とどりまち(八王子市)、58)おしがいと(西東京バス・奥10)、59)さじかみ(西東京バス・平10)、60)ぬたばた(西東京バス・五15)

◇ひと休み③:66)は区切る位置を間違えると「そうかたいしょうもんひがし...」なんてことになってしまう?!

 61)おまつり(西東京バス・奥10)、62)ごぼう(石神井公園と成増を結ぶ各系統)、63)たまらんざか(京王バス・国02・01など、西国分寺近く)、64)しるくろーどいりぐち(橋本駅から出る橋11・13、多摩美大の近く)、65)がすがいしゃ(都バス・上46、南千住近く)、66)そうかだいせいもんとうきょうふじびじゅつかん(西東京バス・八43~46など)

レベルⅨ:68)は都バス・高71(高田馬場発着)に乗ると出てくる。どこで出るかはお楽しみ。これ以外にも、行人坂や魚籃坂、炭団坂なんてのもある。(それぞれ、「ぎょうにん」「ぎょらん」「たどん」)

 67)おんまやだにざか(千代田区)、68)いもあらいざか(と読んでいたと思う)、69)かわらけざか(港区)、70)さいかちざか(千代田区)、71)びくにざか(新宿区)、72)もちのきざか(千代田区)

 本当ならちゃんと云われとか由来とか調べて含蓄のあるものにしたいのだが、これだけ書くともう手いっぱい状態である。バスの路線図などをじっくり読んでいくと、東京圏だけでももっといろんなのがあるだろうし、まして全国に手を広げようものなら、計り知れない。今回はこの辺にしておきます。

 2000年になってからと言うもの、週末の自由時間が減ったためか、行動半径が狭まったためか、ともかくなかなか隣県の埼玉に足を伸ばすことがなくまる3カ月。1月に法事で横浜へ行ったはいいが、3月半ばからの「グリーン購入フェア」で北九州・札幌・大阪と全国行脚するまでは、東京都・神奈川県のみで過ごしていた訳で、外出大好きの筆者にしてはこれは珍事だったのである。

 4月1日に「さいたま新都心」(まさかこの駅名で確定するとは思わなかったが)駅が新たに開業する件は前から聞き知っていたので、それに照準を合わせるべく埼玉入りを避けていたのでは別にないのだが、満を持して、「2000年 初埼玉」は、この開業初日に実現することになった。ここ2週間ほど、出張が相次いでいたので、久々の土日の連休となり、羽を伸ばすのには格好のお出かけ日和である。先だっての春二番に匹敵する程の強風下ではあったが、春らしい晴天になり、さいたま新都心のデビューには打ってつけ、と言ったところ。

 赤羽から高崎線の普通列車に乗り、目的地へ向う。浦和を出ると「次は大宮~」に慣れている人にとっては「さいたま新都心」の停車に面食らったようで、実際、新駅に停まると首を傾げてホームを見遣る人が何人かいた。意外と知られていなかったりするものである。駅を降りると、まず目に飛び込んでくるのが巨大な「さいたまアリーナ」。それと整然と並んだ何本ものレールである。この駅、そして新都心ができる前は、ここは大宮の貨物駅・操車場があったので、かつての線路の名残と言うか、とにかく線路が幾重にも並んでいたので驚いた。数えると複線が5本、つまり10本の線路があって、これと東北・高崎線上下2本、京浜東北線上下2本を加えるので、合計14本の線路がそろっていることになる。圧巻だ。(成田エクスプレスが通る分や、池袋・新宿からの旅客貨物線(赤羽の次は大宮)の分があるのはわかるのだが、他の線路は一体何なのだろう?) 乗って来た下り電車を見送ると、程なく上り方面の電車が入ってきた。そもそも、川口や南浦和にも停めてよさそうな普通列車を「さいたま新都心」に停めること自体が快挙なので、さすがに中距離快速列車は停められなかったのだろう。入ってきたのは快速アーバン号で、徐行気味に通過していった。まぁ納得である。

000401.jpg ホーム全体の感じは、新駅と言っても程々(大して立派でもない?)でさほど新味はなかった。しかし、改札階に上がると、巨大な屋根に覆われた近未来的な構造になっていて、新都心を盛り立てるのに一役買っている。特に自動精算機と自動改札は液晶画面がカラーになっていて、ビックリ。新都心に最新鋭機を導入してくるあたり、JRの面目を感じた。

 開業初日だけあって、改札の周辺・東西の自由通路(デッキ)は人であふれている。皆にこやか、かついろいろ興味深げに見渡しているので、新駅の心理的効果というのはバカにできないと思う。この通路と改札口あたりの概観を見ていて、ふとリニューアルした品川駅を想起させられた。そして最近のいわゆる「新駅」は、どうもこんな具合にやたらスケールが大きいことに気が付いたのである。近郊では、八王子みなみ野、ひたち野うしく、他県では、静岡の隣駅の東静岡、北九州のスペースワールド、どれも立派な駅ばかり。埼玉の県都 浦和駅が何とも陳腐なだけに、この「さいたま新都心」のグレードが余計に際立ってしまうのは致し方ないところか。ともかく最近は新駅=周辺施設(周辺開発)と一体、がつきものなので、それなりの投資がなされるのだろう。

 インフォメーション(i)では、ガイドマップと時刻表をふるまっていて、なかなか親切である。(大型スクリーンによる総合案内や、障害者向けに車イス等の介助用品の貸出を行うなどのひと工夫も新駅ならでは。) 開業時にはつきものの記念オレンジカード・イオカードの売り出しや、郵便局・NTT等の出張販売がなかったのは拍子抜けだったが、もともと国の出先機関中心の新都心なので、一般客目当てのサービスはあまり想定していないのだろう。東口には低層のイトーヨーカドーとこじんまりした飲食店街がある程度で、生活感は薄い。だが飲食店はどこも満員で、新駅の効果を否が応にも感じた。(実は西口「けやきひろば」にはレストラン街ができることになっているのだが、これがまだオープンの片鱗すら見せていないので、そのこじんまり界隈に客が集中していたようである。)

 第17話でこの新都心のことを書いた。工事箇所・閉鎖箇所はまだまだ多いものの、概ね当時の計画通りにできたようで、人工地盤にけやきを植えた「空の森」構想もまぁまぁ上手くいったようだ。ただ、せっかくの新都心の概観を写真に収めようとするる、このけやきが邪魔をする。建物だけでもと思っても、構図に苦労させられるのが残念だ。今はまだ葉を付けていないので殺風景だが、いずれ青々としてくると、景観とマッチするようになるだろうか。初夏あたりに又、見に来るとしよう。

 さて、「新都心」はいいけれど、やはりハコモノ中心の観は否めない。スーパーアリーナは一つの呼び物にはなっても、それに併設する「ジョン・レノン ミュージアム」については、なぜここにJ・レノンなのか趣旨がわからない。一般客で街を満たす、というには至らないのではなかろうか。流行のアウトレットモールや、「ヴィーナスフォート」のように客層を特化した商業施設があっても良いように思った。3つの合同庁舎は偉容を誇るが、何か行きにくそうだし、無機質な感じがする。アリーナと共存できるのか、そして西口をどれだけ活性化できるのか...どんな街づくりがこれから展開されるのか見ものである。

 人工地盤の「けやきひろば」からは埼京線、東北・上越各新幹線が眺められる。最新型の新幹線が通ろうものなら、なかなか映えるスポットだと思う。つまり、ここさいたま新都心と埼京線の北与野駅は程よい距離になるのだが、北与野の駅前と新都心は一線が画されているようで、開発に取り残された空き地や、中途半端な道路が散在していた。北与野駅に続く一体感ある道路整備が待たれるところだが、どうだろう。

 4月は、この「さいたま新都心」に始まり、7日には井の頭線 渋谷駅上に「マークシティ」ができ、20日は都営地下鉄12号線(大江戸線)が新宿から国立競技場まで延び、など新規ネタが相次ぐ。渋谷も国立競技場も通勤経路なので、初日にフラっと行きたいところだが、平日なので仕事との調整次第である。(早めに切り上げることにしよう。)

 番組宛にEメール投稿した甲斐あってか、テレビ東京「出没!アド街ック天国」(毎週土曜日21時~)にようやく赤羽が登場しそうな気配である。1年間に50箇所とはいかないまでも、かれこれ4年近く放送しているので、通算で150箇所は優に超えている。東京広しと言え、いくらなんでも150もやっていれば、交通の要衝かつ東京の北都(少々大げさだが)なのだから、いい加減に赤羽をとりあげても良さそうなものだ...。そう思いつつも、なかなか出てこないものだから、つい業を煮やして投稿した訳である。投稿してから約3カ月間、番組ホームページで様子を見ていたところ、この度めでたく、街の情報掲示板に候補地(という解釈でいいと思う)として挙げてもらえた次第である。(筆者の故郷、経堂もついでに推したところ、これまた候補地になっていたので、これ幸いである。投稿してみるものだとつくづく思った。)

 せっかく掲示板で情報提供をよびかけてもらっているので、協力しない手はないと思い、あれこれ考えあぐねているところだが、「東京モノローグ」をご覧の皆様の中で、赤羽で一押しのお店をご存じであれば、ぜひ掲示板に載せていただきたい、と思う。(赤羽と経堂の他、松戸、鎌倉、博多も掲示板に出ています。近在の方はぜひ推薦してみてください。)

 同番組のホームページに載っている過去のオンエア履歴と96年8月以前に見た記憶がある分を含め、「どうしてここがまだ...」という街はまだまだある。視聴率的に下町がいい、とか、ゆかりのある人物(特に映画やドラマ関係)を絡めた方がとり上げやすい、という事情があって万遍なくいかないようだが、テレビ的な視点で候補地を選ぶのは、どうも納得し難いものがある。

 八丁堀や千歳烏山は少々無理があるように思った。大泉学園に至っては、完全に番組司会者のお手盛りである。そんなに番組に入れ込んでいる訳ではないのだが、どうも気になってしまう。例えば、山手線沿線でまだとり上げていない大塚、田端、人口の多い市川、川口、私鉄沿線なら海老名、伊勢原、池尻大橋、東村山、朝霞、越谷、春日部などなど、取材すればきっといろいろ出てくると思うのだが...。都内でも城北方面、そして埼玉方面が手薄な感じを受ける。北区についても、王子はオンエアされたようだが、西ヶ原や十条だってある。何より赤羽がまだだったのがずっと腑に落ちなかったのである。(99年4月の下町特集では、見たい下町の上位30位に入らず(惜しくも31位)、オンエアされなかったのが何とも口惜しかった。) →放映履歴(筆者自作)参照

 何はともあれ、これでめでたく東京の「街」としての仲間入りが果たせる訳である。オンエアの前祝い、というか、番組がどのようにとり上げるかを占う意味で、ここで筆者独断の上位10位を書き連ねておこうと思う。(全部一致したら、番組の高感度委員会に入れてもらえるだろうか?)

※エリア(地名)としては、志茂、赤羽、赤羽南、赤羽西、桐ヶ丘、赤羽台、赤羽北、岩淵町まで含めれば、層は厚くなると思う。

  1. 赤水門・青水門、青山士(あきら)、荒川知水資料館、ムーンライトコンサートなどなど、主に荒川関係

     これまでも第14話第48話で書いてきたが、赤羽と川の関係は密接なものがある。荒川の水害の歴史と青山士による大工事、赤と青の2つの水門の話などは十分重みがあるだろう。荒川が隅田川と荒川放水路に分かれるのも、新河岸川が隅田川に合流するのも、ここ赤羽である。鉄道交通の要衝でもあるが、河川にとっても要所なのである。

     ちなみにこの付近の河川敷は風光明媚さからか、ドラマのロケでも時折登場する点、付記したい。
  2. 一番街(まるます家など名物店)

    marumasuya.jpg 高度成長期前の風情、と言うのは当たらないかも知れないが、結構古い商店がひしめいているのが駅東口近くの一番街。中でも「まるます家」は有名で、朝から常連の愛飲家でにぎわっている。筆者は入ったことはないが、外売りしている蒲焼きや鯉のあらいの類はそのうち賞味したいと思う。
  3. アピレ・ビビオ・イトーヨーカ堂(西口再開発地区)

     かつては古い住宅の密集地だった西口は、筆者が赤羽に越してくる数カ月前にイトーヨーカ堂が完成し、先発のビビオとアピレと合わせて、ちょっとした都市空間に変貌した。ビビオとアピレはそれなりに多様な店舗が入っているが、食事で入る店がちらほらある程度で、買い物等で利用することは少ない。

     譲ってもらったり、妻が懸賞で当てたりするものだから、米を外で買うことがなくなってしまい、第1話で書いた米屋(アピレ地階)にもその後、足を向けていない。もっと利用したいものだが、なかなか。
  4. すずらん通りと赤羽馬鹿祭り

     第39話でちょっと書いたが、どんぶり屋が目に付くのが、すずらん通り。ゴールデンウィーク時期になると、この通りをメインに、名物・馬鹿祭りが展開される。
  5. 小山酒造(丸真正宗)と岩槻街道跡

     これは第25話に書いた通り。周縁の岩淵町界隈と合わせて、赤羽が誇る名所と言える。

     現在、小山酒造では寒造りの真っ盛りだが、その造りのシーン目当ての見物客がやはり多いらしく、今では見学の申込をしようにも、日程が限られてしまっていて、今シーズンはどうやら無理そうである。残念!
  6. 赤羽らーめん

     何を以って赤羽らーめんを定義するのか見当つかないが、どうもご当地のラーメンがあるらしい。最も著名なのは、ダイエーと西友の間にある「満月」だが、他にも、変わり種(トマトスープ、カレー風味etc.チーズ入りやピザラーメンなんてのもある)ラーメンの「味工場」、駅南口の東側すぐのところにある「らーめん鷹」(なぜかガイドブックによく出てくる)などもある。どれもジャンルが異なるので、総じて赤羽らーめんと呼ぶしかなさそうである。

     実は赤羽駅が改築される前に、北の西口改札内にあった「赤羽ラーメン」が元祖だったのではないか、と個人的には思っているが。
  7. カトリック教会

     すずらん通りの入口から西友方面に歩く途中にあるのが、この教会。海外で見かけるのと同様、教会らしい教会で、敷地に入ると別世界になる。日本離れしている、と言うか世俗を超えた観があっていい。日曜日の朝など、フィリピン人系の家族連れをよく見かける。「アジアの赤羽」を象徴する場所と言えるだろう。
  8. 赤羽緑道公園~赤羽自然観察公園

     かつて、十条の陸上自衛隊駐屯地(昔は兵器廠)につながる引込線が、今の埼京線と東北線が分岐するあたりから西に伸びていたと言う。その跡地は今は緑道公園になっていて、結構な距離を草木を見ながら散策できるようになっている。緑道の延長線上には、その駐屯地の跡地を利用した赤羽自然観察公園があり、自由に遊べる広場がメインになっている。(水田・ビオトープ・湧水池もある。) 広さも十分だし、自然教育にも良さそうだ。
  9. 消費者金融

     駅東口を出て、すずらん通りへ向う途中、銀行や証券の店舗に混じって、やたら目に付くのが消費者金融の看板である。上位にランクさせるのは憚られるが、いわゆる自動機の設置台数も多く、圧巻なことから、9位とした。
  10. 星美学園・八幡神社

     埼京線と東北線が分岐する角地に八幡神社、その上(小高い山になっている)には星美学園がある。恥ずかしながら、八幡神社には、今年の初詣でやっとお参りに行けた。八幡様は山の中腹にあるので、ちょっとした石段を登らないといけないが、神社の隣の坂道(師団坂)からは赤羽が一望でき、見晴らしを楽しむことができる。

次.カルビー

 赤羽にはいくつか大手企業があるが、大日本印刷、雪印乳業よりは、駅に近いし目立つので、ここはカルビーだろう。しかし、西友の本社が、池袋のサンシャインから赤羽に近々移ってくるというので、番組放送時点では、何らかの変動があるかも知れない。

 という訳で、先行してお届けした「赤羽10+1名所」、オンエアではどう出るか、一つお楽しみである。

 今年の夏は暑かったが、その余韻で秋も暖かかったんだそうな。さすがに12月に入ると、木枯らしが身にしみ始め、数ヶ月前までのそんな暖かさが嘘のように感じるから、季節の循環というのはつくづく偉大だと思う。

991225.jpg この寒々とした季節になると、街のそこここで、ライトアップならぬイルミネーションが目に付き始める。温かみを醸す演出として、また近づくクリスマスを街挙げて祝うための装飾として、それらはなかなか心憎く出来ている。筆者がよく目にするのは通勤路途中の新宿南口タカシマヤ(TIMES SQUARE)にある電飾だが、10月の末頃から設置工事が始まり、かれこれ1カ月以上。草分け的なイルミネーションである。ワイヤで象ったサンタにトナカイ、メルヘン風の小屋、雪だるま等々のクリスマス風物詩に電球を付けたものが毎夜毎夜、ピカピカやっている(エレクトリカルパレードのようなものである)が、カップルを中心に記念撮影する光景がひききらず、すっかりおなじみになった観がある。ちょっとしたハズミで壊れてしまいそうな脆そうな造りなのだが、誰もイタズラしないし、もちろん壊されもしないから、それだけ大事に扱われている(地域に根づいている)のだと思う。

 ここを通ると何となくホッとさせるものがあるのだが、心のどこからか異議が出る。これにかかる電気代は一体いくらで、どこが負担しているのだろう、などと余計なことも考えてしまうのである。銀座ミキモト本店のクリスマスツリーは有名だが、今年は新橋駅のSL広場にある機関車も電飾されたそうだ。この手のネタはいくらでも作り出せるだろうから、例えば、渋谷のハチ公、浜松町駅ホームの小便小僧、上野公園の西郷さんなど。山下公園の氷川丸はもともとライトアップしているが船体に電球を張りめぐらせたら圧巻だろう。とにかくモニュメント的なものは要注意である。

 太陽光で蓄電しておいて、夜に点灯する仕掛けがあってもいいだろう。その日の蓄え具合により、消える時間が不規則になったとしても、それはそれで一興である。どこかにあるかも知れないが、あるとわかれば見に行きたいものである。自然エネルギーなら、より心温まりそうだ。どしどしイルミネーション化してほしいものだと思う。

 筆者職場のあるコスモス青山でも、用意されていたクリスマスツリーに先日、灯りが点った。東京ウィメンズプラザや青山ブックセンター、東京都公園協会や住宅供給公社、そして花やワインの教室まであるこの建物で働く一同(ふだんお互いの交流がないのでちょっと新鮮だった)が集まり、その点灯を見守るというのだから、ちょっとした催しである。式の挨拶の中で聞いて初めて知ったのだが、今年は表参道の一大イルミネーションが中止になったというから耳を疑ってしまった。それ故、このコスモス青山のツリーイルミネーションが風物詩になるだろう、というからちょっと複雑な気分である。

 思い起こすに、昨年は表参道のイルミネーションで、こんな一幕があった。

 クリスマスを迎える風物詩ともなった東京・原宿の表参道のケヤキ並木を彩るイルミネーションをめぐって、地元に住む五十五人が「商店街振興組合原宿シャンゼリゼ会」を相手に、計画の中止と、すでに設置された照明類の撤去などを求める仮処分を東京地裁に申し立てた。...

 これは「年の瀬に激しい交通渋滞を巻き起こすうえ、観光客によるごみの散乱やたばこの投げ捨てなどによって、生活権を侵害されている」という理由による。ちょっと放っておけない。住民側は、(1)排ガスによる空気汚染の助長、(2)タクシーなどで帰宅する際に時間がかかる、(3)見物にきた若者が敷地内にごみを投げ入れる、(4)病気で119番しても救急車の到着が遅れるのではないかと不安になった、等の問題点を挙げ、生活権や環境権などが侵害されたと訴えたのである。

 もともとこのイルミネーションは1991年、「街のイメージアップに」と発案した原宿シャンゼリゼ会が飾り付けを始めたもの。毎年、12月半ばから10日間余りにわたってケヤキ並木をライトアップする慣わしだった。(昨年は12月12日から25日まで、39万個もの電球を使って「98キャスター・イルミネーション・ギャラリー」として実施された。)

 職場がこのシャンゼリゼの近くになったこともあって、昨年は時々足を向けては喜んで眺めていたが、今年はそれが叶わなくなってしまった。(電飾の派手さには懐疑的ではあったが、ちょっと残念ではある。) 1900年代、そして1000年代の最後を飾るに、ここでイルミネーションを点せば、象徴的イベントになったとは思う。そんな憶測もあっただけに、今年のこの開催中止決定には驚きとともに、地元の苦渋・英断を感じさせる出来事と思った。住民側の主張、そして仮処分が通ったことによる中止。地元商店街は経済効果を期待する、しかし一方で住民側は不惻の迷惑を受けてしまう。これは原宿・表参道という場所の特異性(住宅と商店が隣接)もあるだろうけど、似たように商店街と住宅街が何らかのイベントをめぐって対立するケースが有り得ることを示唆している。見物客はそんな事情などどこ吹く風だろうけど、一部の心無い見物客のために、商店街と住宅街の対立を招くことになったとしたら、断罪して然るべきと思う。

 イルミネーションは、街行く人々が共に平和になれる空間を作り出す。派手さはなくてもちょっとしたチカチカで、十分心和むはずである。そんな光景を唄にしたものの一つに、吉田美奈子の「SUNSET」(アルバム「モノクローム」に収録)という曲がある。筆者の好きな一曲である。今回はこの歌詞を記して、筆を措くことにする。(シンプルな歌詞ながら、暖かみと広がりを感じさせるのがポイントである。)

SUNSET.jpg 街に今一つの幕が降りようとしている
 忙しく部屋に帰る人々
 それを止めるようなIllumination
 迷う心のほほえみ 交わす時
 また楽しげなざわめき 舞い込んだ 夕暮れに
 落ちる陽の光に影 長く路にのびて揺らぐ
 通り抜ける雲数知れず なに気なく出会う人に似て
 思いを込め 見上げれば
 美し過ぎるSUNSET!
 心に染み透る
Copyright 1980 by ALFA RECORDS INC. JAPAN

 物を大事に長く使おうとする心がけはあるつもりなのだが、よく物を駄目にしてしまう。扱いが粗雑なせいもあるのかも知れないが、何と言うか不運が多いのである。ここ数カ月を振り返るだけでも、i)高校時代から気に入って使っていた青い傘を自宅玄関の通路手すりにかけていたら、強風で飛ばされて骨が折れてしまった。ii)日比谷公園のバザーで破格値で買ったナップザック(買い物袋の代わりによく使っていた)がアースデイの書類等を詰め込んでいたら、ヒモが切れてしまって、ただの袋になってしまった。iii)通勤用に使っていたカバンの肩かけ用のバックルが壊れてしまい、単なる手提げカバンになってしまった。iv)履きなれていたスラックスの膝の部分に穴があいてしまった。(衣料品はこの他にも事故が多発している)などなど。恥ずかしながら、これらi)~iv)については、その後ろくろく手入れもせず、中途半端な状態で家の中で転がっている。

 さて、第43話で書いた自転車通勤だが、出足こそ順調だったものの、6年乗り回していたおかげで、実は後輪が摩耗していて、徐々にタイヤのハリがなくなり、とうとう空気が抜けてしまい...というのが、5月下旬のこと。新宿界隈の自転車屋巡りをしたが報われず、結局、東急ハンズに持ち込み、パンクの応急手当をしてもらい、事無きを得るも、パンクを引きずって結構うろうろしていた後だったので、いよいよ摩耗がひどくなっていて、「これじゃまたすぐパンクしますよ」と忠告を受けていた。前述したように、物を駄目にしてしまう筆者だが、この自転車はメンテ&維持すべしと念じ、そんな訳で、いい自転車屋を見つけて、早めにタイヤ(ゴムの部分)を交換したいものだと、ちゃんと考えていたのであった。しかし、6月は思いの外あわただしく、とうとう自転車屋に行けなかった。ハンズの応急手当でごまかしごまかし自転車に乗っていたが、やはりまた空気が抜けてきたのが、7月半ば。職場の近所のちょっとオシャレな自転車屋さんは、やはり「青山価格」で高く、タイヤとチューブと工賃でしめて約7,000円なんて言うもんだから、いよいよ困ってしまい、意を決して、自転車を扱ってそうな西友をめざすことにした。なぜ西友かと言うと、筆者が学生時代お世話になった下高井戸の西友では、パンクの修理が300円+消費税だけ、という破格、加えてその店のおじさんがやたら親切だったことを記憶していたからである。(顧客満足の好例と言えるだろうか。) 10年前の当時、他の自転車屋では、800円~1,000円かかっていたから、その破格ぶりは擢んでていた。10年経った上、しかもパンク修理ならぬタイヤの交換ともなると、やはり値が張るとは思ったが、その西友下高井戸店の対応があった故、ともかく西友をめざそうと決めた次第である。

 職場をほぼ定時に出て、事前に調べておいた西友(中野、高円寺...)をめざすことにした。さすがに下高井戸となると、新宿から30分はかかってしまうし、ここではずすと他に心当たりがないので、店舗が複数ある中央線沿線に決めた訳である。どこまで空気が持つかの根競べの中で、ともかく代々木を抜け、山手通り沿いに、初台~中野坂上~東中野と北上する。が、自転車が万全でないので、どうも時間がかかる。職場を出て、約40分。東中野駅をまたぐ陸橋からは中野駅が見え、「よし、もう少し」のはずだった。しかし、素直に早稲田通りに出ればいいものをなかなか行き着かず、上高田界隈に迷い込んでしまい、さらに、何とか中野通りと早稲田通りの交差点までたどりついたと思ったら、西友があったと思しき場所は、何と最近躍進中の大御所100円ショップ(3階建て)に変わってしまっていたからビックリやらガックリやら。辺りも何となく暗くなり始め、心細くなってきたが、気を取り直して、「よし次は高円寺だ。」

 警察大学を超え、環七通りを横断し、駅南側の商店街に入る。商店街をちょっと外れたところに、西友を発見。しかし、2階から上は住居アパート(店舗はB1Fと1Fのみ)という小規模店である。自転車を数台売ってはいても、修理を受け付ける空間はない。「さあ大変だ!」 いよいよ焦ってきて、最後の望みをかけて阿佐ヶ谷をめざす。途中、随所でシックな(昭和40~50年代を彷彿とさせる)民家を見かけ、ほのぼのとするのだが、心理的に余裕がない状況だから、何ともやりきれない。(もっと明るいうちに、ゆっくり走りたいものだとつくづく思った。) 杉並区の中央線沿線を走るなど、学生時代にもなかったことなので、どうも土地勘がつかめず、ちょっと行くとすぐ中央線から離れてしまう。だがどうにかこうにか駅が見え、駅前の西友に着くことができた。大型店なのは、昔から知っていたので、もう安心。ただ自転車売場は5階にあるので、周囲の注目を浴びながら、エレベーターに乗せ、運び込むことになる。店員さんはどこかのんびりしたとこがあって、ちょっと心配だったが、話のわかる人で実に助かった。工賃1,800円はちょっと高いかも知れないが、タイヤ1,580円、チューブ780円と足して、合計約4,400円で済み、ここまで来た甲斐があったと重々思う。後輪のスポークが一本駄目になっていて、安定感が悪いこと。スポークが一本外れると、連鎖的に外れ出して、車輪自体が駄目になってしまうから注意が必要なこと。前輪・後輪とも安定感が悪くなると、いよいよ車輪ごと交換しないといけないので、その場合は買い換えた方が安いこと。チェーンがたるんでいるので、締め直したが、逆に前よりも金属疲労を起こしやすくなるので、やはり注意が必要なこと。などなど、ご教授をいただき、すっかり感服してしまった。6年乗った、とは言っても、もっときちんとメンテナンスしていれば、これほど手を煩わすこともなかっただろう。店員さんは一見穏やかだが、心中を察すると何も言えない。ともかく自転車を知る人ならではの極意と意気に触れる思いであった。

 この日の西友は21時までだったので、二重に助かった。が、実は阿佐ヶ谷まで来ると、距離的には下高井戸と大差ないことに後で気づく。とんだ小旅行になったが、帰りの足は至って軽い。チェーンが軋む音もなくなり、快調快調。丸の内線沿いに青梅街道をひと走り、阿佐ヶ谷を20時45分に出て、新宿には21時10分頃、着いた。往路の難儀が嘘のようである。

 という訳で、自転車は立ち直り、再び快適な通勤をしていたのだが、最近になって、通勤途中で愛用していた、超簡単操作のヘッドホンステレオがイカレテしまった。現在、これまた調子が良くなく、何年かほったらかしだった超複雑操作のヘッドホンステレオを代用しているが、筆者のモノを駄目にする習癖(いや、不運)はまだまだ続きそうである。でも日頃からの手入れとしてのメンテナンス、完全に駄目になる前の修復としてのメンテナンスは、ともに心がけたいものである。

 今の職場に変わるまでは、いわゆる社員食堂をほぼ毎食(朝・昼・晩)利用していたので、一日あたりの食費は1,000円程度で済んでいた(いや済ませていた)。今では、社員食堂が利用できないものだから、朝・昼・晩をどうするかが課題でもあり、楽しみでもある。自宅でとる努力もしているが、ついフラフラと外食してしまうのは克己心の弱さの表れであるには違いないが、それだけ通勤経路上や職場周辺に店が豊富にある証拠でもある。とはいえ、一日1,000円ラインで済んでいたものを急騰させる訳にもいかないので、今では何とか1,500円(三食とも外食にした場合、この構成としては、朝:350円、昼:650円、晩:500円を想定)内におさまるよう奮斗している。そしてこの線で抑えるのに欠かせないのが、どんぶり屋の存在である。朝のセット(定食)はだいたい上記想定内だし、晩にしても料金は均一だから、アルコールを注文するなどしない限り、値は張らない。昼はともかく、朝と晩についてはまず一人で食事することが多いので、その日その時のシチュエーションでいろいろな店に出没することになる。今回は筆者のそんな喫食パターン「どんぶり屋編」(通勤の帰途、つまり晩ご飯をどんぶり屋で食べる場合)を紹介してみようと思う。(あくまでどんぶり屋であって、立ち喰い蕎麦屋やファーストフード店で扱う丼物は除くものとする。)

【表参道~渋谷】

 表参道まで戻って、地下鉄で渋谷に出て帰ることもなくはないが、その場合(表参道に向う途中)は、どんぶり屋はないので、丼物を食べることもない。逆に職場から渋谷まで歩いて帰る場合は、何軒もあるので、どこまで書き出せるかが難しくなる。(今回は特別に店名を明記します。)

 まず、青山学院大学と宮益坂の間に吉野家がある。吉野家は、100円引きセールが何カ月かに数日のタイミングであるので、その期間中に集中的に行くことが多い。という訳で、朝の定食は利用しても、夜、足を運ぶことは少ない。宮益坂を下りてすぐ、右に曲がると「ビビンパ」という韓国系丼屋がある。鉄器を加熱して「石焼き」という名称でビビンパやクッパを出すのが売りだが、猫舌の筆者は、石焼きでない単なる「野菜ビビンパ」を注文することが多い。割引セールに出くわしたことがないので、安心して一定間隔で利用できる店である。(ちなみにこのビビンパは、東急文化会館の2階通路沿いにもあるが、店内がやたら狭いので、専らこっちの宮益坂店を使っている。) 松屋は渋谷駅周辺に何軒もあるが、公園通りの起点に当たる三叉路(丸井やタワーレコードがある界隈)にある松屋を使うことが多い。ここは食券の受付と注文の品を出すのを1つのカウンターで捌くシステムになっているので、利用しやすい。カウンターから席までの持ち運びやお茶もセルフサービスなら、当然後片付けもセルフになっており、好感が持てる。松屋はふだんから利用することが多いが、今やっているような500円(1コイン)セットなどがあるとつい足を運ぶ頻度が増えてしまうので、要注意である。(松屋はここの他に、センター街や井の頭線渋谷駅1階改札口近くの裏通りにもあるが、あまり足が向かない。)

 宮益坂から金王坂を通って、渋谷警察署がある交差点界隈に出ると、明治通り沿いにいろいろなチェーン店が軒を並べ始める。昔からだが、この沿道は時々寄り道するコースである。どんぶり屋に限って渋谷駅寄りから順に挙げると、「めしや丼」「なか卯」「らんぷ亭」といったところ。めしや丼は駅に近いこともあるが、大盛り・おかわり無料キャンペーンなどをやっていた時期があったので、利用する・しないの波は激しいものの有力株ではある。なか卯は割引券を配ることが判明してからは、券がない時期は利用しなくなってしまった。割引・優待・サービス・クーポンの類は一時的には客を得られるが、その反動も大きくなるというのを示す好例と言えようか。という訳で、セットものでも単品でも割り引いてしまうらんぷ亭に至っては、券がないと全く利用しないという有様である。(もっとも、券がない状態でも一度利用すれば、次回からは半永久的に使えるようになる券が入手できるのだが、有効期限内に行けなくなると券の引継ができなくなってしまうのである。哀しい。)

【原宿~代々木】

 渋谷からの帰途は、山手線ではなく、埼京線各停に乗れるように時間調整することが多いので、まずこの2駅で降りることはない。たまに山手線で新宿に向う途中で気が向くと、下車することはある。でもどんぶり系を食べに行った記憶がないので、省略。

【新宿】

 山手線から埼京線に乗り換える時が一つのポイントになる。新宿始発の各停の発車時刻に余裕があると踏んだ時は、ルミネ2側の改札から出て、新南口から乗り込むパターンが多いので、その界隈(甲州街道と三越の間あたり)に点在するどんぶり屋に足を運ぶ。ビックカメラのパソコン館の近所には、「どんどん」てのと「たつや」というややマイナーなチェーン店がある。それぞれ競うように変則的なセールをやるので、通りがかりでそれに出くわせばしめたもの。どんどんでは親子丼かカツ丼が安くなる。たつやでは牛肉を玉子でとじた「開化丼」が安くなることが多いようだ。この2つがダメでも近くに松屋があるので、利用することが多い。

 新宿は歩く範囲を広げれば、いくらでもどんぶり屋に出くわす。靖国通りと歌舞伎町商店街入口が交差するあたりにある吉野家には、他店では見かけない「豚汁定食」があるので、それをめざしてみたり、北新宿方面まで足を伸ばすと「SUKIYA」というちょっと異色などんぶり屋があって、そこで「すきやき丼」を食してみたりする。いずれも早く帰れた時を除き、まず行くことはないけれど、覚えておきたい店である。

【新大久保~板橋】

 一気に飛んでしまうが、新宿で一度埼京線に乗り込んでしまうと、途中下車する機会はぐっと減少する。池袋もチェーン店ひしめく街だが、帰途にどんぶり屋に入った記憶はほとんどない。

【十条】

 帰りの埼京線は、西口改札口にすぐに出られる。西側は天丼の「てんや」の他、渋谷で紹介した「めしや丼」がある。利用しやすいので、赤羽止まりの列車や通勤快速列車にわざと乗って、次の各駅停車が来るまでの時間を見計らって利用することしばしば。(大盛り・おかわりサービスがない時期は控えているので、最近はとんとごぶさたしている。)

【赤羽】

 空腹を持ちこたえられた場合に限るが、地元赤羽はどんぶり屋の宝庫である。利用しない手はない。東側で駅に近い順に挙げると、松屋、王様の丼(比較的新しい店だが、CSが低いのが泣き所)、てんや、松屋...これに加えて西側の高架下に最近「なか卯」がオープンした。いずれも筆者が赤羽に転居してきてからできた店ばかり。ありがたいことである。吉野家がいまだに出店して来ないが、このラインアップはまずまずと言える。

 松屋は偽造500円硬貨対策で、500円玉が使えなくなったり、お茶が熱湯状態で出てくる(どの松屋も共通?)など難点はあるが、朝、余裕があれば、朝ご飯セットを利用するし、先述したようにおトクなセットが出ると目がなくなる。てんやは季節物が出た時や、割引券を入手できた時以外は利用しないので、あまりご縁がない、といった具合。

 このように、栄養バランスは二の次で、価格重視の筆者の丼指向(嗜好)だが、OLがどんぶりを好んで食べるご時世とあっては、トレンドに乗じたい気分もあるので、当分はどんぶり屋通いは続きそうである。どんぶりを食べることを「どんぶる」、食べる人を「どんぶラー」なんて、流行語にでもなるくらい流行れば面白いのだが、仮にどんぶラーと自称する人が実在するなら、自前の箸持参で、流儀よろしく食してもらいたいものである。(筆者はもちろんマイ箸だが、店員の関心も誘わないし、他の客も見て見ぬフリ。)

 隣市である川口市へ入ると、都内とは俄然、道路事情が異なってくる。北本通り(きたほんどおり)を営団地下鉄南北線に沿って走り、赤羽岩淵の交差点で道なりに右折すると、新荒川大橋に出る。ここまでの都内の道路は、車道の分離帯、歩行者用道路、自転車用のラインともに整っており、人のクルマも自転車も安心して走れる。ところが、新荒川大橋を渡りきり、対岸の埼玉県(川口市)に出ると、クルマで走る場合はともかく、人と自転車にとっては受難続きになるのである。この国道122号・岩槻街道、(北に向って)左側の車線脇には、かろうじて自転車が1台通れる幅の歩道があるだけ。しかも傾斜があるので、人が上り、自転車が下りですれ違う場合など危なっかしいことこの上ない。(北に向って)右側はと言うと、あきれたことに歩道がない。要するに川口から都内に向う場合、橋への傾斜がつくところで、車道だけになってしまい、歩道は泣き別れになってしまうのである。自転車で川口から赤羽に戻る際、こっち側の歩道を走っていて、途中、走りようがなくなってしまい、信号交差点の五差路まで戻って、反対側の狭い歩道をぎくしゃく走って帰ったことがある。これはまず新荒川大橋の袂からNTT川口のある五差路(本町ロータリー→地図までの話。200~300mなので、我慢できないではないが、とにかくひと苦労させられる。続いてこの五差路だが、左側を自転車で走ってきた場合、なんと直進ができない。横断歩道がないのである。川口駅に向う場合は、ここで素直に左折すればいいので影響ないが、赤羽から鳩ヶ谷方面をめざす時は、ここでいったん右側に渡り、直進し、再び左側に渡る、つまりコの字に進まないといけない。左側には、住宅公園やダイエー系ディスカウント店などがあり、一頃は結構足を運んでいたので、これが苦痛で仕方なかった。

 さて、さらに悪いことにこの岩槻街道、現在、南北線の北進部分、つまり埼玉高速鉄道の工事中とあって、道路路盤が鉄板敷きになっていたり、舗装がきちんとなっていないものだから、車道・歩道の区別が一層つきにくくなっている。ダイエーがある左側でなく、鳩ヶ谷方面に用がある際、右側を直進していて、これに出くわし、実に驚かされた。おまけに凹凸も結構多いので、歩行者・自転車ともに泣かされる。新荒川大橋から川口元郷・末広の境界あたりまでの約1km。都内と異なる道路事情の一端を知ることができるという訳である。

 久々にクルマを動かす機会ができたので、鳩ヶ谷方面にある、とあるホームセンターに買い出しに行くことにした。自転車でこのホームセンターに行ったところで、それなりに物は買えても、こういった道路事情だから、下手にいろいろ買い込むと不安定になり、事故のもとなので、クルマに頼らざるを得ないのである。クルマ優先で道路が成り立っているので、さすがにクルマだと楽である。自転車で30分近くかかって、迷いながらたどり着いたのが嘘のように、クルマ来店者向きの看板案内に従い、難なく着くことができた。ベランダ据え置き用の大型ボックスや突っ張り棒などを買い揃え、家路に着く。しかし、思わぬ落とし穴と言おうか、幹線道路はクルマ向きであったのに、ちょっと間違えて生活道路に迷い込むと、もうそこは人も自転車もクルマもない、線引きがない無法地帯となってしまう。大げさかも知れないが、どの立場の安全も保障され得ないのである。暗かったせいもあるが、細い道はそんな状態だし、ある程度幅のある道路でも中央線がわからない上、車線に書かれるべき、ダイヤモンド「◇」や「30」「40」などの規制速度表示も少ないから、車幅が読めず、対向車が飛び出してきた時には、肝を冷やした。道路標識もあいまいなので、果たして進入禁止なのか、一方通行なのかもわからない道路が多く、おそるおそる入ってみてから、双方向通行の道路であることがわかるという始末。あとで地図で見てみたら、川口朝日・青木の界隈をうろうろしていたことがわかった。いやはや。

 末広の交差点まで出て、再びクルマ天下に戻ったが、またまた驚いたことに、先述した南北線の北進部分(埼玉高速鉄道)の工事箇所では、車線が仮に引かれているだけで、中央線や分離帯もないのに気がついた。このあたりは自転車や歩行者だけでなく、クルマも命懸けである。この日は、春に向けての大嵐に見舞われていたこともあったので、何か物が飛んできやしないかという心配も重なり、また格別だったのは言うまでもない。

 これも異常気象のうちなのだろうか。11月はとうとう傘の出番がなかった。雨らしい雨もなく、ただひたすら晴れの日ばかり。東京の月間降雨量は観測史上最低だったとか言うから尋常でない。獅子座流星群を待つ11月17日の日中は何となく雨っぽい天気で、流星群を拝めないのではないかとやきもきさせられたが、その日を除いては本当に雨を見なかった。夏場、特に大雨が続いた時期など、室内の湿度は85%まで記録していたのに、ここんとこすっかり乾燥してしまって40%を切っている。異常乾燥注意報状態である。

 てな訳で、この11月は晴れた空・寒空が印象に残る月になった。11月9日は11月1日に開通したばかりの品川駅の東西連絡通路(レインボーロード)を仕事のついでに見に行ったが、駅東口にあたる港南口から見た品川インターシティの白銀の高層ビルが晴れた空によく映えていた。カメラを持ち合わせていなかったのが何とも悔やまれる。11月10日は会社帰りに新宿に直行し、東京都による「NPO法人設立申請手続説明会」を傍聴(実は都が発行した体裁の良いガイドブックを入手するのが主目的)しに都庁・都民ホールへ出向いたが、やはり晴れた夜空に都庁舎のシルエットが鮮明だったのを思い出す。11月15日は身内の晴れの祝い事で横浜みなとみらいへ足を運んだが、この日はおあつらえむきの晴天で雲一つない。大安の日曜日だったとは言え、門出を寿ぐ実に見事な青空だった。ランドマークタワーが立冬の陽射しを受けて燦然としていたのが印象的だった。

 11月18日の獅子座流星群当日の深夜は、時折雲は出たものの観測ピーク時間の3~5時台は総じて澄んだ夜空に恵まれた。4時15分の尾の長い流星(爆発後の流星痕を伴う大きなもの)をはじめ、火の玉状の流星など合計10~15は見ることができた。2~3等星程度までしか見えない都会の空にしてはよく観測できた方だと思う。11月18日は流星群に備えて?!休暇をとっていたので、早寝→流星群→仮眠→遅起き、だった。午後は会社製品の取扱説明書のコンテストに備えた会議(直接的な業務ではないので休暇をとって臨んでいる)に出ることになっていたので、私的に自由なのは午前中ということになる。

981118.jpg この日は京浜急行の羽田空港駅の開業初日だったので、起きて早速、品川をめざす。京浜急行の急行列車で空港行きに乗り、20数分。羽田空港駅に降り着いた。(スピードが速い分、モノレールよりも快適なようだ。)

haneda981118.jpg さて、羽田空港駅はそこそこで、隣駅の天空橋(旧羽田駅)にも寄ってみた。地下の駅から地上に出ると空港が見渡せる。出入口にある「天空橋」の駅名表示板が飛行機が行き交う晴れた空によくマッチしていた。(何でも駅近くにある歩道橋が天空橋なので、それを駅名にあてたというから安易な感じもするが、ともあれいい駅名である。)

 11月26日夜は「アースデイ2000」の意見交換会で、神田・小川町の東京YMCAへ。帰途、アースデイ仲間とお茶の水駅まで歩いた時に見上げた夜空も晴れていた。寒さが増してきている分、凛とした感じを受ける空だった。

 そして11月28日。四谷駅からアースデイの東京連絡所までいつもの新宿通りを歩く。この日は朝から気温が高く、小春日和である。中国国家主席が来訪中ということで厳戒体制が敷かれていたが、うらあたたかな晴れた中ではいかめしさも和らぐから、緊張感なく歩けてありがたい。これで冷たい雨でも降るどんよりとした日柄だったら、さぞ厳戒ムードも高まるだろうと思われる。今年最終号のアースデイニュースの発送大会を終えると午後の4時。外に出ると午前中の暖かさが嘘のように寒々としている。当ホームページがお世話になっているJCA-NETの代表と幹部のご両人の結婚パーティ(正式名称は「二人を肴に飲んで祝おう会」)がこのあと6時からあって、筆者は何の因果かBGM担当になってしまったので、早めに会場のクレヨンハウスに向かうことにした。表参道に着くと、いよいよ寒さが本格化して、着込んでいたちょっと厚手のハーフコートが役に立った。(午前中は、こんなの着てこなくてよかったのに、と思っていたのだが...) 暗くなりかけた表参道と道沿いの並木は、木枯らし吹く寒空によく溶け込んでいて季節の風情を醸し出していた。寒いのは言うまでもないのだが、その情感に浸るのが何とも心地よく、早足を止めて、ゆっくり時間をかけて会場に向かったのだった。

 日常のできごとを天候と結び付けて語ることはあまりないのだが、それだけこの11月は常に晴天と寒空がご一緒だった、という訳である。12月の気象は変化あるものになるだろうか。雨も恋しいが、雪が降ればなお楽しい。そんな思いの12月初日である。 ...いよいよ今年も残すとこあと1カ月。

 ☆「東京モノローグ」おかげさまで1周年!

 東京都23区唯一の造り酒屋がある。「小山酒造」と言って、筆者の地元、赤羽の岩淵町にある。明治11年の創業時に、当時東京市北端のこの地に地下約130メートルの深さまで井戸を掘り貫き、その井戸水を使って酒造りを始めたという。都内の地酒としての名高さに加え、そうした創業者の先見性でも有名な小山酒造。近所にありながら、なかなか訪れる機会がなかったが、飲み友達?!のS夫妻のリクエストもあって、めでたく見学に行くことができた。こういうことは何事も然るべききっかけが必要なものだ。

980912_2.jpg 埼玉県の境近く、新荒川大橋の手前にある。これまで前を通ることは何度かあったが、中に入るのは当然初めて。入口には日本橋から通じる岩槻街道の人馬宿があったことを示す趾碑があり、見上げれば歴史を感じさせる重厚な母屋、そして奥には酒蔵の棟が連なる。東京にあるとは思えない風情を醸し出している。名所と言われる所以である。北区のケーブルテレビで赤羽の特集番組が放送されていたが、その中で小山酒造を紹介する場面で出演していたと同じ、案内役は小山家代々の若い後継ぎの兄さんである。どことなく顔に覚えがあると思ったら、テレビで見て知っていた訳である。実際の酒造りのシーズンではないため、単なる施設見学のような形となったが、ビール工場のようなマスプロ型装置産業ではないから、目新しくもあるし、何より手作りの良さが実感できる。とは言っても、旧来の手作り式の道具と、近代的な機械式のものとが全体的には半々で配されているようだ。手作りでは味わいある酒ができ、機械ではさらっとした仕上がりになる、ということである。パンフレットを時折見やりながら、工程に沿って案内は進む。

  1. 精米・洗米・蒸米
     キーンという高周波の音が断続的に鳴る倉。ここは米の貯蔵場ゆえ、ネズミが侵入しないようネズミ除けの音を出しているのだそうだ。一角には例の地下130メートルから水を汲み上げるポンプもある。複数のパイプが通り、バルブが付いている。場内の水は全てこの地下水で賄われているので、こうした設備になるのだろう。井戸か何かを想像していたので、ちょっと面食らった。しかし、水は秩父山系の水に雨水が加わったもので、微生物による自然浄化に頼っただけの正しく天然水である。その水を使い、酒の原料米を精白し、洗い、蒸すという訳である。ところで、小山酒造で上等の酒を造る場合、米は65%まで削るのだそうだ。精米時に米を削るという工程があるとはこの時まで知らなかったので興味深かった。
  2. 麹造り・酒母造り
     大きな倉へ通され、中に入っていくと酒の匂いが漂ってくる。太い木の梁が通る古式ゆかしい倉なので酒の匂いと相まって実に趣深い。そこに巨大なタンクが肩を並べる。「灘琺瑯(株)東京工場」製、8,000㍑級の立派なものである。昭和30年以前は木製だったので、漏れを防ぐのが大変だったというから、琺瑯に替えたのはもっともな話である。しかしこのタンクもよく見ると昭和30~40年代製だから、30年以上も使い込んでいることになる。おそれいった。そのタンクでは、仕込みの前段階である麹米と酵母が造られていた。
  3. 仕込み
     さらに奥へ入ると、同様のタンク、しかしそれぞれに銘柄分けされたものが並んでいた。今は「醗酵自動温度制御監視」機で、最適の仕込みができるようになっている。各タンクの温度がデジタル表示され、ボタン操作で調節できるようになっているというから、ビックリである。ともかく醗酵を強めて↑弱めて↓、を繰り返し、3段仕込みという製法で仕込んでいくのだそうだ。約25日かけて、その仕込みが終わると、1日のうちに醗酵してアルコール分ができる。そして一定の温度で酒の主成分である「もろみ」を育てていく。タンクには細いパイプが巡らされていて、5℃の水が通してある。この時期、夏場は熟成期間なので、低温でじっくりやるんだとか。秋口には出荷されるが、もうひと眠りといったところだろうか。
  4. 圧搾・濾過・火入れ
     もろみを圧搾機にかける。ここで、新酒と酒粕に分離する、ということだが、今はその時期ではないので静止した機械を見るのみ。タンクを横に寝かして蛇腹状に板をはめ込んだような形である。それが終わるとさらに濾過して精製、ということになる。濾過にも昔ながらの濾紙と炭粉を使う方法と、中空紙を使った機械式とがあるそうだ。手作りの良さが随所で息づいていて、機械とも巧く共存していることを感じる。ちなみに圧搾には、ひと昔前は麻袋を使っていたと言う。火入れの現場にはお目にかかれなかったが、これは言うなれば低温殺菌である。
  5. 貯蔵・調合
     最後は貯蔵タンクに入れられ、密閉される。これが貯蔵。調合は市販の規格品にするための処理。工程順ではこれで終わりになるが、今回の見学では貯蔵・調合の見学の代わりに、締めくくりはやはり試飲。これがなければ来た甲斐がない訳だが、いやはや大サービスだったので、実にありがたかった。

 まずは特製地下水の氷水。ヨーロッパと同じ、この水は硬水なのだそうだ。混じり気なしで含蓄がある、呑み応えたっぷりの水である。5年ほど前までは、この井戸水を一般に提供できるようにしていたそうだが、評判を聞きつけて、タンクローリーで水を失敬する不届き者が現れたそうで、それ以来やめてしまったとか。水を汲み上げるのに、一般水道より経費がかかっていると言うのだから、ここで飲むことができたのは何とも幸せなことだと思った。

980912_1.jpg 喉を潤した後は、3つ続けての利き酒である。生貯蔵酒に始まり、定番「丸真正宗(吟醸)」、そして吟醸酒「吟の舞」の順。丸真正宗は一升ビン入りのをこれまで呑んできたので、その辛口具合というものになじみがあったが、ここで出された酒はいずれも辛口であるはずなのにどこかしら甘い。その訳を尋ねると、とにかく冷やすと甘くなる、これは舌が騙されるため、なのだそうだ。筆者、特に酒の事情通という訳でも何でもないのだが、とにかくいいことを聞いたものだと思った。さてさて、この後だが、なんと「実験酒」なるものが出てきて、聞くと山田錦の米を60%まで削り、吟醸したものと言う。前出の3種の酒と異なり、何ともふくよかな味わいである。丹精込めた酒なので、「500mlで5,000円!」とおっしゃる。値段を聞いてついゴクリと呑み下してしまった。いやはや惜しいことをした。

 利き酒の一室には、栄えある賞状の数々と小山酒造製の全銘柄がズラリ。丸真正宗とその他若干の銘柄しか知らなかったので、ただただ感歎するばかり。酒造工場の隣には、小山酒店があって、ここに来れば大部分の銘柄が手に取れる。利き酒で結構酔いが回りつつも、しっかり物色して、大吟醸の小ビンを買い求めた。S夫妻が一升ビンを買ったのは言うまでもないことである。見学・試飲の後は放っておいたってお店へ足を運ぶことになる、これは実によくできた仕掛けである。

 誇れる名所が地元にあるというのはいいものである。次に来るのは、実際の酒造りが始まる11月以降ということになりそうだ。

980510.jpg 5月のこの時期、各社ビール工場での地域貢献型イベントが盛んになる。荒川をはさんで隣市の川口へは自転車で10分もあれば出られるが、川口市は広い。サッポロビールの埼玉工場(川口工場ではない)は川口駅から京浜東北線沿いに北へ数100m先にあるが、ここまでは筆者宅から自転車で早くても20分はかかる。(ちなみに川口のオートレース場だと30分、鳩ヶ谷の中心部近くの市境までだと40分はかかってしまう。) その埼玉工場で「第20回 ビア・フェスティバル埼玉'98」なるものが開催されるというので、出かけてきた。

sapporo98.jpg フェスティバルのチラシに、「空缶5つで粗品と交換」とあるので、悪気はないのだが、他社ビールの空缶(しかもロング缶)を取り混ぜて持って行く。別に飲料の消費性向を調査する訳ではなかったらしく、集めた空缶は某社のプレス機で減容処理のデモに回されていた。粗品はなぜかティッシュ1箱。まぁ資源を再生する意義を伝えたかったんだろうなと思う。ちびっこ広場やらいくつかの出店に混じって、サッポロビールでの環境対策や川口市環境部での取り組みを紹介するコーナーが設けられていた。埼玉工場では、ビール瓶本体のリサイクルばかりでなく、王冠やラベルに到っても、再生に回すということで、ゼロエミッションを達成しているようである。ゴミとなるものはない、と言いつつも、お目当ての試飲用生ビールは当然のことながら紙コップ、会社で出している模擬店の品々もいわゆるスーパーで売っているのと同じ白色のトレイで渡されるから、どれもゴミになってしまう。この手のイベントではどうしてもゴミが大量に出てしまう訳だが、リサイクルできるコップや食器、あるいは野菜や果物の繊維カス等で作った食べられる食器(ビール会社ならビールかすで食器が作れるかも知れない。)で提供すればよいものを、と思う。コップや食器持参で来てもらう、という手もある。割り箸に関しては、決して否定できるものではないが、自前の箸の方が使い慣れているだろうし、おいしく食べられそうなので、持参をよびかけても良さそうだ。(筆者はここ10年程、マイ箸派である。)

 ビールは中ジョッキ程の量が試飲できてしまうので、それだけいただければともかく十分である。午前中、しかも空腹状態だったので、酔いが回るのも早めなようだ。(午前中のアルコールは控えましょう。) さて、試飲の前に「さいたまスーパーアリーナ」紹介コーナーで、「さいたま新都心」のパンフレットを入手したのだが、いわゆる浦和・大宮・与野の三市合併による政令指定都市実現の話は耳にこそすれ、実際にどういった計画が進んでいるのかを示す資料は初見だったので、ビールを忘れてつい夢中になって読んでしまった。あくまで新都心についてのパンフレットなので、合併話については特にふれていないが、県と浦和・大宮・与野の三市の共同による新都心構想・事業になっている、三市、つまり上尾市と伊奈町が関わっていないのが、合併をめぐる裏事情を暗に示しているようで興味深い。基盤整備では、雨水を利用する中水道や地域冷暖房、まちづくりでは、光ファイバーの情報通信網とバリアフリー対応、の記述が目を引く。施設では、「さいたまスーパーアリーナ」の他に、「さいたまひろば(仮)」というのがあるが、気になるのは、ひろばとなる人工地盤一面をケヤキで覆う構想。特にイメージ図を見ると人工地盤とは言え、木の根元や土の部分が極端に狭い、という点である。「空の森」というように階上部分、つまり大地ではないところに森を創る構想なので地面が人工的なのは致し方ないのだろうが、いっそ全てを土で覆い、「空中原っぱ」「空中森林公園」に、というのはやはり現実的ではない?と思う。

 交通はどうか。鉄道に関して言えば、新都心に新駅ができる。そもそも新都心自体、大宮駅南側にあった広大な操車場に手を加えてできるもの故、新駅あっての新都心と言うこともできる。県下トップの人口を有する川口には停まらない宇都宮線・高崎線の列車が停車する、となっているので、下り電車は、赤羽→浦和→新駅→大宮、ということになる。新都心関係者と周辺住民にとっては、便利この上ないが、新駅と大宮の間は至近なので、普通列車の快走感は落ちそうだ。上野~大宮の時間距離も長くなるだろうと思う。それにしても、新しい都市名、それに伴う新駅名はどうなるのだろう。筆者の独断が許されるなら、「さいたま」「さきたま」、伊奈も加えた「YOU&I」プランに従えば、「ゆうあい」、それとも「新大宮」「新与野」...何とも難しい。さて、仮にYOU&Iに川口が加わったら、人口は優に150万人を超えてしまう。東京都の北隣に日本屈指の大都市ができるのは、夢もあるが、都市開発の名のもとに無理な造成が進んだり、いわゆるハコもの行政が跋扈してしまうのも考え物である。川口は東京都と政令指定都市の間の一大都市にとどまるのか、そうなった時この工場は埼玉工場のままでよいのか、などと酔い心地の中、考えていた。

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