随筆「東京モノローグ」アーカイブでタグ「鉄道」が付けられているもの

 前回は第60話で、電車車内に限ってだが、マナーに反する例を論ってみた。今年10月14日に7年目となる鉄道の日を迎えたことでもあるし、今回は前回とりあげなかった駅構内での由々しき事例を書き連ねてみようと思う。第60話同様、ただ書き連ねるだけでは面白くないので、筆者独断でランク付けして紹介する。尚、筆者はここに書く範囲ではうしろめたいことは一切ないので少々強弁である。ご容赦いただきたく。(法に触れる行為や、いわゆる迷惑行為は書くまでもないので除外する。)

*首都圏のそれなりの鉄道ターミナル駅での場合を想定(洗面所等に関しては書くに忍びないので割愛する)。

 まずは惜しくも次点となった行為から。

次.自動精算機や券売機でのタイムロス

 これはスーパーやコンビニ、ファストフード店、各種施設のチケット売場等々、列を作って勘定する場面に共通して言えることだが、駅の自動精算機や自動券売機でも、自分の順番が来る前に予め財布やら、小銭などを用意しておかない人が案外多いことに気が付く。有人の窓口で切符を買ったり、精算したりが当たり前だったのは、そう遠い昔の話でもないので、有人対応に馴れたご年配の方々にとっては自動機そのものに対する抵抗もあるだろう。有人であっても予め用意しておくのが筋だとは思うが、何事につけ今よりもテンポがゆったりしていた時代にあっては、自分の順番が来てから財布を出すことに周囲も寛容だったから許されたのだろうと思う。

 ともかく今では、複数の券売機で列ができている時、どこに並ぶかによって、えらい時間差がつくことがある。失礼ながら、できるだけ年配の方や不要領そうな人がいない列に並ぶようにしているが、若いサラリーマン風の人の後ろであっても、カード残額が足りなくて慌てて財布を取り出したりするもんだから、タイムロスが皆無ということは少ない。心して臨みたいものである。そもそも券売機も精算機も、切符・定期券・プリペイドカード類の入口、硬貨の入口、紙幣の入口の3通りがあって、出口もこれに対応して3通り、というのが多いから、複雑極まりなく、致し方ない面はある。お金やカードをいくら事前に用意したとしても、入れる順番から、出てくるものを捌く順番まできっちりこなさないと、どっちみちタイムロスは生じてしまうのである。

10.ベンチの占領

 大きな駅であっても十分な数のベンチが置いてある訳でない。特にラッシュ時に乗客が多いところは、ホームの拡張工事以前に、ホーム上の設備を減らすのが早道になってしまうもんだから、ベンチも減る傾向にあるようだ。という訳で、席数が減った分、強硬派のご年配やご婦人方、足腰の弱った若者、お疲れ気味のサラリーマンらによるベンチの席取り合戦が一層激化しているように感じる。中にはカバンを放って席を確保し、隣りの喫煙コーナーで一服してから、悠々と戻ってくるような輩もいるし、先客が座りかけている手前で走って来て押しどかしてしまうような悪質なケースも時々目にする。周囲に立っている人が大勢いるのに平気で荷物でふさいでしまう女性客、例の厚底を思いっきり投げ出して笑いほうけているコギャル系など、座った後のマナーの悪さも目に余る。よく考えると、これは電車車内でも共通して言えることではある。

9.改札ブロック & 改札強行突破

 切符やカードの残額不足で、自動改札を止めてしまう人を時々見かける。システム的に仕方ない面もあるが、特にラッシュ時にこれをやられると迷惑極まりない。ひっかかったら、ちゃんと引き下がって精算等する人はまだいいが、要精算切符をほったらかして、強行突破してしまう不届き者も結構目にする。有人改札なら係員がすぐ引き止めに行けるが、自動改札だと周囲の乗客が協力でもしない限り、易々と逃げられてしまう。これは自動化の負の側面と言えるだろう。ピコンピコン鳴ったまま、切符がひっかかっているとその通路がふさがれてしまい、改札効率が悪くなるので、筆者はその隣りを通って切符を抜いておくよう心がけているが、さすがに不心得者を取り押さえるまでは到らない。

 ちなみに、私鉄・地下鉄については、14日から始まった「パスネット」を使えば、切符精算の手間が省けるから、この利用者が増えれば改札ブロックは減るものと思われる。(JRのイオカードとの互換性が持てればなおいいのだが。)

8.順番待ちが崩れる。

 ホーム幅が狭く、十分な待列スペースを作れない場合、つまりハード面での制約があるとすると、なかなか徹底はされにくい。それでもちゃんと列を作って電車を待っている人はいる。その中を割り込んで、待列を崩すなど言語道断。どこに並んでいいのか本当にわからない人ならまだ許されようものだが、わからないフリをする無頼者も現に存在する。特に始発列車を待つ場合、席取り合戦が絡んでくるので、こういうタチが悪いのが紛れてくると事態は深刻である。筆者の前後でそういう不届き者がいた場合、乗車時に思い切り牽制するようにしているが、これも周囲との連係プレーがないと完全には阻止できないので悩ましいところである。

 最近は4扉だ6扉だ、と車両のタイプによったり、「今度の発車」「次の発車」の順番によったり、待つ位置、列の配置が複雑なのに加え、最初は2列で並んで、列車が入ってきたら3列に並び直すなどとフォーメーションが多様化しているので、それがかえってマナー違反者に付け入りやすくしている観もある。

7.ゴミ散乱 + ゴミ無分別

 ホーム上のゴミ問題は、車内以上に厄介である。これは、売店や自動販売機など売る方が充実しているのに反して、売った物品を回収するインフラが貧弱なために起こると言っていい。新聞や雑誌などは、専用の回収箱が出来た分、散乱しているのを見かけることは少なくなったように思うが、飲料缶・ビン・PETボトル、そしてタバコの吸い殻は何とかならないのだろうか。JRの場合、その他のゴミ、カン・ビン(・PETボトル)、新聞・雑誌の3つが受け口になっているが、消費量が増えている500ml PETボトルは、専用箱が独立していない、カン・ビンと受け口が共通になっている旨が明確でない、といったことから散乱し、それに追従してカンやビンも放ったらかしになっているような気がする。

 「その他のゴミ」も、分別が明確でない故に「何でもあり」になってしまい、結果、分けるのが面倒な人は何でも入れてしまうようになり、もっと面倒な人は、そこらにポイ捨て、という行為を生むもとになっているのではないだろうか。駅で売られる可能性があり、かつゴミになりやすいと思われる物品は、ゴミの入口にその名称を全て列記しておいて、捨てる前にゴミについて認識かつ分別してもらった方がいいだろう。

 そもそも発生を抑制する手だてがとられていないのが問題で、ゴミが出ないような売り方をするとか、いっそ販売量や販売ルートを縮小するなど、乗客に不便さを強いるような策があってもいいと思うのだが...

6.ホーム占領、集団圧力

 電車車内に限らず、ホーム上でも同じ事態は頻発している。サッカーチーム、ハイカー集団はもとより、より嘆かわしいのは、ホーム上のそこここでたむろしている推定十代の輩奴である。そこでは彼等独自の世界が展開されていて、極めて排他的。ラッシュ時などで通行の障害になっていようと全くお構いなしである。ゴミ散乱の温床になっている他、携帯片手にわいわいやっている場合が多いから、電磁場の発生源でもある。これでタバコまで加わったら、その場はたちどころに都市公害を凝縮したような恰好になる。語弊があるかも知れないが、自分達の存在が希薄(裏返せば寂しい?)だからと言って、自身の健康を害してまでそんな暗闘をする必要があるのだろうか、と思う。

5.エスカレーター逆走

 エスカレーターにまつわる話はそんなに上位で扱うものでもないと思うが、いわゆる左右の通行区分(片側待機・片側歩行)のマナーや、駆け下り・駆け上りの危険性などを指摘する以上に、衝撃的だった目撃例がある。さすがに誰も下りてこないのを確認した後でのことだったが、一人の十代少年がホーム上にいる少年グループのところめがけて、下りエスカレーターを逆走し出したのにはおったまげた。スーパーにある普通のエスカレーターで小学生くらいのこどもが何段かふざけて逆に走り上るのはたまに見かけるが、分別がつきそうな年頃の男子が、それなりの長さがあるエスカレーターを思い切り駆け上がっていくのだからたまったものではない。下りてくる人と衝突でもしたら、落下して大怪我である。度が過ぎるので5位とした。(筆者はこれを目撃した際、怒鳴りはしなかったが、注意はした。)

4.痰・唾

 公共広告機構では「タン虫」として紹介されているが、マナーの悪い人は徹底して悪いもので、10、9、7位に登場しそうなオジサン連中は共通して、あたり構わず「カーッ、ペッ」をやる。自分でやっておきながら、他の輩が残した痰・唾を踏んづけたりすると、舌打ちしたり、不機嫌になって、追い討ちをかけるようにまた「カーッ、ペッ」。悪循環である。そんなオジサンが多いから、十代少年なんかもマネして「カーッ、ペッ」をやる訳だ。児童向けの道徳教育だか奉仕教育だかを説く以前に、大人のマナー教育が必要と痛感する次第である。

3.ガム

 その瞬間の目撃例はあまりないが、吐き捨てたガムがホーム上にペッタンコになってこびりついているのはいくらでも見かけるし、ひどい時には、エレベーターのボタン部分、エスカレーターの手すり部分にくっついてたりもする。生乾きのものを踏んづけた時、あるいは手で触れてしまった時、それはマナーを守っている多くの乗客に対する当てつけ(挑戦状)のように感じることさえある。痰・唾、放縦喫煙の常習犯と同一の場合が多いようだ。

2.各種不注意、悪ふざけ

 ホームの端、ぎりぎりのところをふざけながら歩いていて、線路に落ちてしまった奴。携帯での通話に夢中になって、電車が入って来ているのに、白線より外側を平気で歩いている奴。挙げ句の果ては、入って来ている電車に蹴りを入れたり、カバンをぶつけて遊んでいる奴。これらは不注意というより、度の過ぎた悪ふざけである。注意しようにも、結構唐突な場合が多いからどうしようもない。これまた十代の中高生に多い事例である。

1.放縦喫煙

 ホーム上は完全禁煙にでもしない限り、まず根絶できないだろう。社会一般では分煙が進んで、喫煙する人は限られたスペースで、というのが当たり前なご時世で、どうして駅のホームでは守れない人が多いのか、と慨嘆しきりである。「終日禁煙」とか「おタバコは」なんて遠まわしかつ変に丁寧な駅アナウンスが放縦者を助長しているのではないだろうか。もっと決然たる言い回しで喚起してほしいものだと思う。きちんと喫煙スペースで吸っている人にも失礼極まりない。

 喫煙所から離れたベンチで堂々と吹かす不貞者、階段を見下ろしながら、昇り降りする人に灰が降りかかる態で吸っている無礼者、禁煙ステッカーが大きく貼ってあるエスカレーター上で平気で煙や灰を撒き散らす愚者、などなど不届きな喫煙者は後を絶たない。自分の体を思いやれない人物が他人の健康を気遣える訳がない。筆者はそういう放縦喫煙(大抵の場合、吸い殻のポイ捨ても同時)を見かけると、加減しながらではあるが、睨み付けるようにしている。

 気負って書いたら、またまた長文(60話に匹敵する4,500字超)になってしまった。これでも実は消化不良なのだが、今回はひとまずここで筆を措く。

 ちょうど3年前、「東京モノローグ」駆け出しの第2話まで溯るが、営団地下鉄南北線がその名に近づくべく、溜池山王まで延びた旨レポートした。その後、溜池山王からは、わりと素直?!に南に進み、先の9月26日、ついに目黒までつながり、東急目黒線(旧 目蒲線)との相互乗り入れが始まった! 筆者地元の赤羽岩淵から直行で、筆者の元職場のある武蔵小杉までが乗り換えなしで約1時間。遠回りだが、仮に勤務先が武蔵小杉のままだったら、このルートも悪くないと思うだろう。こんな23区の北のはずれ(!)でも、複数の通勤ルートが考えられる訳だから、都内の交通体系も様変わりしたものだとつくづく思う。

 そして、やはり23区の北西に位置する西高島平からは都営三田線が南に向って走っているが、その名の通り三田どまりだったのが、今回同時に目黒まで延びて、武蔵小杉へ直行できるようになった。この効果は電機メーカーN社を例にとると、田町の本社ビルと武蔵小杉の事業場が1本で結ばれ、行き来がラクになるなど、軽視できないものがある。(これはN社に限らず、似たようなケースが多分にあることを意味する。武蔵中原に本社工場があるF社にしても、大手町の本社に行きやすくなっているはずだ。) これまで川崎市中原区あたりの皆さんは、港区や千代田区に出るのに、下手をすると南武線で川崎まで行って、東海道線や京浜東北線に乗り換えて、えらい遠回りと高くない運賃を強いられて、品川以北をめざしていた。これからは、東急目黒線と三田線・南北線が救ってくれる訳である。山手線内を縦貫して、城南方面を結ぶことの重要性を思う。南北線は北に向ってまだ延びる予定だが、南に向う分はひとまず完結したことになる。南北線の面目躍如といったところだろう。

 さて今回も、新しくできた駅を紹介しながら、その特徴や気づいた点について記していきたいところなのだが、何せ新駅は六本木一丁目、麻布十番、白金高輪、白金台、目黒と5つある。一つ一つとりあげていくと、また延々と書き綴ってしまいそうなので、まずは、計画段階から思っていたことや、今回の延伸や直通に関しての感想、そして今後の見通しなどについて書いてみて、余力があったら、各駅についてかいつまんで書くことにしようと思う。

「駅名改称」

 当初の計画では、東六本木、麻布、清正公前、白金台...だった。駅名はあくまで仮称であり、開業直前になって変わるケースは多々あるが、5駅中3駅も駅名が変わるのも珍しいと思う。特に「清正公前」は、小学生の頃見ていた鉄道計画からずっとその名前だったし、バス停も交差点もそうだったから、地元感情を考えてもここは(清く正しく?)清正公前だったはず。「白金高輪」は典型的な合成駅名だが、何だか一気に格が上がったような感じだし、近在の皆さんも当惑しているのではないだろうか。しかし、よくよく見ると、駅は清正公よりやや北に位置し、国道が離合する白金一丁目交差点の直下だったので、これが妥当な駅名のようだ。

「目黒駅のターミナルとしての重み」

 目黒はこれまでJRは山手線のみ、そして東急目蒲線の乗り換えがあるだけのありふれた駅だった。今回、地下鉄2線が入ってきたことで、城南と城北の結節点とも言える一大ターミナルになったような印象だが、JRが相変わらず山手線のみ、ということで迫力に欠ける気がする。お隣の恵比寿は、日比谷線の乗り換えだけだが、埼京線が入って来ていることで重みも賑わいも一味違う。ここは早いとこ埼京線を延ばして、停車駅を設けるべきところだろう。(でも、埼京線が大崎から「りんかい線」とつながり、京葉線ともつながる頃には、川越から蘇我を結ぶ大動脈になる可能性がある訳だが、渋谷から先、恵比寿、目黒、五反田...と各駅停車になってしまうと、動脈としての位置づけ(というより、山手線の快速版としての意味)が弱くなってしまう。埼京線が目黒に停まるとなると、五反田も、は必至だろうから、いっそ渋谷の次は「大崎」とする埼京線快速列車を新たに設ける、というのも一案か。

「東急の動き」

 今回の相互乗り入れに先んじて行われた東急の変わりようも目を見張るものがある。しかし線名が変わるのはわかるが、多摩川園が多摩川に、二子玉川園が二子玉川になるとは思わなかった。(いっそ「二子玉」でよかったのに?!) ともあれ、多摩川には東横線急行が停まるようになり、田園調布と武蔵小杉の間が複々線になったため、その部分だけやたら線が太くなったのがポイントである。(南北線・三田線の直通列車に加え、東横線も走るのだから、ダイヤが緊密になっているはず。) これだけテコ入れしたのなら、目黒線の急行運転や、東横線の有名無実な他の駅名(都立大学→中根、学芸大学→鷹番など)の改称もすればよかったのに、と思うが、これがなかなか難しいらしい。目黒線の急行運転は何となく話もあったようで、停車駅は、武蔵小杉、多摩川、田園調布、大岡山、武蔵小山、目黒と聞いていたが、どうやら立ち消えになってしまったらしい。

「異社同線」

001001.jpg 白金高輪~目黒の3駅区間は、これまた東京の地下鉄では珍しい、営団線と都営線の相乗り(共用)である。(都営新宿線と半蔵門線は神保町と九段下の間、並行しているが、線路はあくまで別々(規格も異なる)である。) この区間内の料金はどうなることかと思ったが、安い方をとって、営団線初乗りの160円である。(つまり目黒~白金台、白金台~白金高輪、目黒~白金高輪はいずれも160円。) 乗る列車が都営三田線の車両であっても、都営初乗りの170円になることはない。ただし、目黒~三田を通しで乗る場合は、170円になる。(「160円+170円-乗り継ぎ割引」などということはない。ちなみにJRの場合、時間はかかるが目黒~田町は160円。)

「行先注意」

 今、目黒駅上り線ホームにいたとする。西高島平行き、赤羽岩淵行きと書いてあるだけの列車が入ってきた時、確実に目的地(途中駅)に着く自信はお持ちになれるだろうか。何せ、白金高輪で分岐した後、南北線は西へ(麻布、六本木、赤坂、四ッ谷方面)、三田線は東へ(芝、日比谷、大手町、神保町方面)に向うが、文京区役所のある後楽園&春日駅で、両線は再び交差して、今度は南北線が東(駒込、王子方面)、三田線が西(巣鴨、板橋方面)に向うのである。路線図を眺めると、南北線・三田線はまるでDNAのように螺旋している訳だが、仮に線の色分けがなく白黒の路線図だったら、板橋に行く人が左側の南北線、王子に行く人が右側の三田線に誤って乗ってしまう可能性も否めない。白金高輪で乗り換えしないといけない場合も多いので、要注意である。西高島平行き、赤羽岩淵行きと書くだけでなく、路線バスのように経由駅も表示した方がいいだろう。

(はみだし情報:目黒以南から東京ドームや後楽園遊園地に向う人はどちらに乗ってもOKなのだが、安く行くなら、赤羽岩淵行きに乗るべし、である。190円 vs 260円。この違いは馬鹿にならない。)

「駅の間隔」

 南北線の駅間隔は微妙なことが多い。どうせならここに駅があればいいものを、というヤツである。今回、麻布十番に駅ができたが、これは12月に開業する都営大江戸線の同駅と接続駅になる訳だから真っ当である。つまり「一の橋」はOK。しかし、そこから南へ続く、二の橋、三の橋、古川橋に当たる地点には、いずれも新駅ができなかった。次の白金高輪までは、乗車時間3分、営業キロ数1.3kmなので、微妙なところだが、永田町~溜池山王の0.7kmを考えると、三の橋あたりに駅があってもよかった気がする。ちなみに、麻布十番駅前のバス停は、「一の橋(麻布十番)」である。地下鉄の駅名には(一の橋)がつかないので、バスから地下鉄に乗り継ぐ場合はご用心。

「武蔵小杉から先は?」

 東急目黒線はいずれ日吉まで延びる予定。そうなるとまず慶應大の学生はキャンパス間の行き来が便利になる。他校を含め、通学用ルートの多様化も進むだろう。その時は目黒線内の急行運転も実現するかも知れない。しかし、南北線の北が延びて、埼玉高速鉄道の浦和美園が終点になったとしても、南側の終点は日吉どまり。第2話で書いた、山下町(中華街)まで直行、というのはどうやらなさそうだ。

...なんてあれこれ書いているうちに案の定、字数が目いっぱいになってしまった。10月1日の都民の日。この日は東京都の施設や公園が入場無料になるので、まだ行ったことのない都立の庭園などを廻りながら、営団の一日乗車券を使って、南北線を中心に途中下車に励んでみた筆者である。六本木一丁目、麻布十番、白金高輪、白金台、目黒の5駅はひととおり乗り降りした訳だが、その各駅のレポートは今回は見送り、ということで、あしからず。(^^)

 仮に今、池袋にいるとする。そしてサンシャイン方面に所用があるとする。しかし、サンシャインに行く前に、お茶の水、大手町、飯田橋にそれぞれ寄ってからでないと、サンシャインに行く意味がない。そんな状況があるとしよう。例えにくいシチュエーションではあるが、小学生の自由研究に付き合うとして、まず駿河台の某書店ビルで、ネタになる専門書を探し、大手町の逓信総合博物館でいろいろ下調べして、飯田橋のボランティアセンターで自由研究に役立ちそうな教室や講座の案内を一応調べて、工作をすることに決まったら、池袋の東急ハンズで材料調達、なんて場合である。この順番でそれぞれの駅で下車する度に切符を買い直すと、池袋-(丸の内線:190円)→淡路町-(徒歩)→新御茶ノ水-(千代田線:160円)→大手町-(東西線:160円)→飯田橋-(有楽町線:160円)→東池袋、で4回切符を買って、合計670円とお高くついてしまう。全て営団地下鉄での移動なので、一日乗車券700円を買っても良さそうな状況設定ではある。これ以上の行程が考えられる場合は迷いなく一日乗車券、てことになるだろう。しかしながら、実はこれが通しで190円で回れてしまうのである。ご存じだったろうか。(この後、訂正:千代田線→東西線の場合、下車不可でした。失礼しました。半蔵門線・丸の内線→東西線は可能。)

 営団地下鉄は利用者の利便を考えて、ちょっと離れていても、乗換駅として指定するケースが多いのだが、必ずしも全ての駅が改札を通らずに乗り換えできるようにはなっていない。つまり、同じ駅名であっても、駅と駅(ホームとホーム)が離れている場合は改札をいったん出てからでないと乗り換えできない(乗り換え専用の地下通路を通すのが困難な)ところがいくつかあるのだ。いったん改札を出て乗り換える場合は、専用の改札通路(オレンジ色に塗り分けてある)を通れば、切符がちゃんと出てくるので、乗り換え先の改札で再度入場できるようになっている。この仕組みをうまく利用すると、前述の行程などを最低限の運賃=1枚の切符でこなせてしまう、という訳である。

 ただし、これは切符でないとできない話で、いわゆるメトロカード・Tカード(10月に登場する「パスネット」も同じ原理になると思われる)の場合、乗り換え時間が30分と限られているので、30分以内で所用が済む場合はいいが、30分以上かかりそうな場合は切符の方が無難、となる。何だか、抜け道指南や「わが家のケチケチ...」みたいな話で、公共性を欠く感じがしなくもないが、海外の地下鉄や公共交通の切符の仕組みを考えると、日本でもこの程度の自由解釈が許されても良さそうな感じはする。大幅な往復割引や、一定時間以内の移動ならどこへ行ってどう乗り降りしても均一料金なんていうのがない分、1枚の切符でのフリーな使い方が保証されて然るべきだろう、と思うのである。

 しかし、先の池袋→東池袋の大回り&寄り道乗車は、正にこの順序でないと成立しない、という制約がある。大手町では、東西線のみ離れているので、例えば丸の内線・千代田線・半蔵門線の3線間の乗り換えでは、大手町での下車はできない。飯田橋も同様で、南北線と有楽町線は専用の通路で結ばれているので、下車できるのは、東西線 対 南北線 or 有楽町線なのである。

 さて、同様の解釈でもう一例。筆者職場の最寄り駅 表参道から、渋谷、又は外苑前に戻ってくる場合である。表参道-(千代田線)→日比谷-[映画や観劇]→有楽町-(有楽町線)→飯田橋-[ボランティアセンターや都消費生活センターで情報収集?]→飯田橋-(東西線)→九段下-[武道館でコンサート♪など]→九段下-(半蔵門線)→渋谷(又は青山一丁目で銀座線に乗り換えて外苑前へ)なんて過ごし方があった時、これも実は190円で済んでしまう。(オレンジ色の改札を通るのをお忘れなく。)

 この2例は、起点と終点が近くになる場合、つまり一筆書きみたいな動き方を前提とした場合だが、起点と終点が違っていてもいい訳で、単に途中下車する場合にも応用可能ではある。(ちなみに、御茶ノ水方面から丸の内線に乗って来て、池袋で下車、有楽町線乗り換えで和光市方面、というのも可能。)

 3例目は、都心周遊というか、ちょっとした観光案内で使えそうなモデルルートである。おおっぴらにするものでもないが、決して違反ではないので、お試しいただく分にはいいと思う。

 なぜか早稲田をスタート。早稲田-(東西線)→九段下-[北の丸公園や千鳥が淵など]→九段下-(半蔵門線)→三越前-[日銀や三越本店など]→三越前-(銀座線)→上野-[上野公園(動物園・美術館)など]→上野-(日比谷線)→(なぜか)三ノ輪、といったルートである。早稲田~三ノ輪は東西線+日比谷線(日本橋乗換)の通しで230円。この乗り換え(+下車)を敢行しても同じく230円である。三ノ輪まで来れば、三ノ輪橋駅は近所なので、都電荒川線(全線均一160円)に乗ってゆっくり城北方面を回って、都電終点の早稲田に戻ってくればいい。この周遊、驚くなかれたったの390円である。

 という訳で、この夏休み、都心でゆったり過ごしたい人には、涼みながら移動でき、かついろいろ回れる営団地下鉄が何よりオススメ、なのである。

 東京モノローグ、おかげ様でスタートから2年半が経過。第60話を迎えたことにひっかけてふだんから気になる話題(というかちょっとした義憤だが)を一つ。

 駅や電車は社会の縮図のような観がある。社会全体のマナーの程度を知るバロメーターとも言い得るだろう。マナーの良くない人に多く出くわすような時分には、大抵、世相が物騒だったり、暗かったり、ということが増えてくる気がする。駅を含めてそうしたマナーについて書きたいのはヤマヤマながら、駅となるとエスカレーターや階段から、構内の売店から、ホームから、果ては改札に至るまで、様々なシーンが想起され、とても書き切れそうにない。

 という訳で、今回は電車車内に限って書き出してみようと思うのだが、ただ書き連ねるだけでは面白くない。そこで、ご法度と思しき例を筆者独断でランク付けして、憤懣をぶつけることにした。少なくともここに書く範囲ではうしろめたいことはないので、揚々たるものである。(法に触れる行為や、明らかな迷惑行為は書くまでもないので除外する。)

 まずは惜しくも次点となった行為から。

次.スペースを有効活用しない。混雑に拍車をかける。

 第52話でも書いたが、程々のスペースがあるのに関わらず、相変わらず混雑を好む人が多いのには呆れてしまう。マナーの悪い人がいたり、悪臭がする、という事情で避けた結果、特定箇所が混むというならまだしも、そういうこともないのに、ただ漫然とかたまっているのはどうか、と思うのだ。ちょっと歩を進めて間隔を確保すればお互い快適に過ごせるだろうに。マナーという程のものではないと思うが、ひと工夫してもらいたいものだといつも感じる。

10.(始発や終電で見かける)ロングシートでの睡眠

 いろいろイヤなことや心労があってのことと思うが、いくら人が少ないからと言って、ロングシートいっぱいに寝そべって、ガーガーやるのはいただけない。終電で終着駅まで寝過ごしてしまっても、車両基地で一晩過ごしてそのまま始発、というのは余程のことがないと成立しないと思うが、中にはそういう人もいるだろう。それはそれで気の毒でもあるが、やはり周囲の人には迷惑この上ない。

9.優先席に堂々と座る。

 筆者が中高生の頃など、優先席に堂々と座るのは、見るからに不良っぽい輩か、タチの悪い中年くらいなものだったが、90年代以降、優先席はすっかり一般席と化してしまった感がある。何とも嘆かわしい。試行錯誤の末、阪急電車は全席優先席扱いにしたと聞くが、その方が単純明解でいいかも知れない。もっともあくまで優先なので、専用ではない(これは優先道路・専用道路と同じ解釈)から、優先すべき人が現われたら譲る、というのが趣旨なのだろうけど、斯様な語意をきちんと理解している人が多数派とは到底思えないから悩ましい。しかも、この趣旨に沿って優先席を譲ろうとすると、無碍に断るお年寄りもいるから、なお考え物である。

 自慢ではないが、どんなに閑散としてても筆者は優先席に座ったことは一度もない。又、席を譲るべき状況に遭遇した場合は「どうぞ」とは言わず、次の駅でいったん降りてしまって、別の扉から乗るようにしている。その方が遠慮なく座ってもらえるからである。

8.車内の貼り紙・吊り紙の損傷

 気に入った芸能人の広告を失敬してしまう不届き者もいるが、それは言語道断(立派な盗難であり、営業妨害)なので、ランク外。失敬しようとした跡か、破れていたり、はがれかかっていたり、というのも時々見かける。まじめな中吊り広告で読みたい部分が失せているのも困りものだが、もっと困るのは、扉の上部にスライド状に入っている「停車駅案内」などが一部破損していて、駅名がわからなかったり、という事態だろう。ラッシュでつかまるところがなくて、苦し紛れに破いてしまったのなら目を瞑るが、単なるいたずらだとしたら、ハタ迷惑な話である。

7.席が空いているのに座らない(空いた席の前に立ちふさがる)。

 優先席だろうが何だろうが座りたがる人がいる一方で、何故だかわからないが、立っていて目の前が空いたのに座らない人もよく目にする。他に座りたい人がいるとしたら、そのまま立ちはだかっていては邪魔極まりないのだが、多くは全く素知らぬ態である。ちょっと横に逸れるだけでいいのに、どうしてできないのだろう。よける余地がないなら致し方ないが、そんな時はただでさえ混雑しているのだから、座りたくなくても座るのが礼儀だと思う。その人が座ることで立っている人には空間的余裕ができるのだから。

6.化粧+足組み(しかも厚底靴で)

 最近はあまり見かけることはないが、大きな鏡、大きなブラシを取り出して、パタパタシャカシャカ、というのは見るに堪えないものがある。本人は実は淋しがりやで、そういう行為で気を紛らわしたり、人目を惹くことで自己確認しているんだろう、というのが当たっているなら、多少大目に見ようとも思うが、いやいや。ある日、立川から乗った南武線車内で見かけた時は、延々と30分以上も興じているので、一体何にそんなに時間を要するのか、と些か腹立たしさも覚えた。

 化粧だけならまだしも、そういう化粧っ娘は決まって厚底靴だったりするので、二重に厄介である。あの厚底で堂々と足組みでもされたら、仮に車内が空いていても、通路を通る時、チョー障害物である。

5.急乗車、急降車。急降車をさえぎる 降りない&よけない行為。

 いわゆる駆け込み乗車だが、それだとどうもインパクトが弱いので、「急乗車」と筆者は言っている。戸口にいる時は、急乗車する人から受ける被害(圧迫、踏み付け等)を防ぐため、突っ込んでくる人がいたら、いったん降りて交わして、乗り直すようにしている。

 急乗車よりもっと考え物なのが、急降車である。某栄養ドリンクの宣伝でもあったが、急に気付いてあわてて降車する人は本当にブーイングものである。予期せぬ混雑に見舞われて、その人なりの「降車シナリオ」が崩れてしまった場合は致し方ないが、全くの無計画降車は遠慮してほしいものだ。

 さらにそれに輪をかけて困ってしまうのが、そんな急降車をわざと邪魔するかのような周囲の非協力さ加減である。ちょっと詰めるなり、戸口にいる人はちょっと降りれば良さそうなものだが、周りが冷ややかだったりすると、その周りを巻き込んでの一大パニックに発展する。ブーイングはもっともなのだが、自他ともに活かす途を考えて、ちっとは協力すべきだろう。

4.集団圧力をかける。(例:サッカー少年団、ハイカーズ...)

 これは駅のホームにおける場合が顕著だが、とにかく群れる人達の悪態ぶりは目に余る。酔っ払い集団も渋面モノだが、もっと困るのは、一つはいわゆる少年サッカー系のこどもたちとその引率者の一団、もう一つはご年配のハイカー(又は登山者)集団である。

 まず前者。電車に乗り込む時の無秩序さは際立っている。この間など、近づく電車に蹴りを入れている野郎を見た。こういう団体の引率は母親の場合が多いが、多くは話に夢中で少年達が何をやっていようとお構いなし。その母親のファッションがまたワンパターンで、丈の長い薄手のジャンバーコートか何かで、ポケットに手を入れたままフラフラしているから、見るからに「なんか文句あんの」と威圧するかのような態である。電車に乗ってからの彼等の行動形態は推して知るべし。

 後者は何と言っても席の争奪戦&車内での大騒ぎが特徴的である。出かける先が中距離なので、クロスシートの車内でよく見かけるが、空いた席を目がけて突進する様は筆舌し難いものがある。うまく向かい合わせのクロスシート(四人様席)をまるごと押さえられたら最後。車内宴会のはじまりはじまり、である。座れなかった場合は一転して穏やかなもので、荷物を前に抱えるなり、棚に載せるなりでマナーにおいても敬服させられるのだが、席に着く着かないで、どうしてこうも極端なものかと慨嘆してしまうのである。

3.缶飲料の飲み残し、スナック菓子の食べ残し等の放置

 特に暑い季節は清涼飲料の缶が飲み残しが入った状態で車内の床に立てて置いてあることがある。ずっと立ったままという保証があるならまだしも、加速や揺れの激しい列車では横転するのは目に見えている。飲み残しが毀れて拡がった折りには悲惨である。糖分の濃い飲み物の場合、ガム同様、踏んづけるとベタベタして気持ち悪いことと言ったらない。

 飲み残しがなくとも空缶が転がっているのはやはり困りもので、これがもとで無言の足々による責任のなすりあいが始まってしまうから嘆かわしい。筆者の足元に転がってきた時には、ひとまずキープして、降りる時に拾い上げて、最寄りの空缶入れに放るようにしている。無言でさりげなく、がポイント。

2.携帯電話

 大声でのやりとりがうるさいから、とか、着信音(他に個性を反映させるツールはないものかと思う)がやかましいから、というのは確かにそうだが、携帯電話は何が害かと言えば、何はさておき電磁波だと思う。音が漏れないように工夫しつつ、車内で静かに音楽を聴いていると、にわかに耳を低く震わす不快な振動音が伝わってくる。不思議に思って周囲を見渡すと、必ず近くで誰かがケータイで話をしている、というのが判明した。もともと旧式かつ安物のカセットプレーヤーで、それに付属するイヤホンを使っているせいだが、ホンの磁石?!が電磁波に反応して、唸りを上げていたと推定される。この共鳴を手がかりに、どこでケータイを使っているか探知できてしまう(これぞ逆探知?)訳だ。

 これは耳にも脳にも悪そうだ、というのを身を以って体感している筆者は、人一倍ケータイには警戒心を持っている。ただのイヤホンでこれだから、ペースメーカーへの影響は尋常じゃないだろう、とつくづく思う。今のところ、事故例は聞いていないが、ケータイがもとでペースメーカーが誤作動して死に至らしめるようなことがあったら、使っている本人はどうするつもりだろう。犯罪行為になる前に自制すべき、と強く思う。(余談だが、筆者はケータイ不携帯(不所持)者の一人である。)

1.嗅覚へのダメージ

 見たくないものは目を閉じればいい。聞きたくないものは耳を塞げばいい。だが、嗅ぎたくない匂いはどう防げばいいだろう? 電車車内は走っている間は言わば密閉空間である。窓が閉ざされた状態では、不快な匂いに対して抗う術がない。これは何にもまして困った事態である。

 当事者はあまり気にかけないだろうが、例えば独特の匂いを放つ煎餅や酒のツマミの類は耐え難いものがある。新幹線やホリデー快速などでこれをやられる分には、行楽の要素があるから、我慢すべきと言われればそれまでだが、帰りの通勤電車の車内で缶チューハイ片手に各種強烈な匂いを発散された折りには、憤怒やる方ない。こういうのに遭遇したら、注意したところで絡まれるのがオチだから、場を離れるか、車両を移るしかなかろう。

 汗臭さや酒臭さも然り。何故かアンモニア臭が漂うこともあるが、いずれにしろ太刀打ちできない。強力なマスクをするなり、お気に入りの香り小袋か何かを常時持ち歩くなりして、自衛的に不測の事態に備えるしかないのだろうか。とにかく車内の匂い問題は筆者にとって重いものがある。

・・・

 つい力が入って長文(60話中、最長の4,500字超)になってしまったが、これをお読みの皆さんの中で仮に気を悪くされた方がいたら、どうか一つご勘弁の程を。(もし「こんな事例の方が許せない」というのがあれば、ご一報いただけると幸甚である。)

 一定のエリア内や同じ鉄道を何度も乗り降りできる一日乗車券ほど重宝なものはない。各地を旅行する時も予め調べておくなり、まずは観光案内所などで物色したりで余念がない筆者は、当然都内をあちこち移動する時もよくお世話になっている。もちろん一日乗車券の価格以上に運賃を要すること、乗車券が有効な交通機関で目的地をカバーできることなどを確認することが欠かせないが、特に仕事で使う時は、予め同じ日に廻れるようにスケジュールを組むなどして工夫するようにしている。(ささやかながら環境負荷低減にもなることだし...)

 今年に入って早々、仕事で三田と水道橋と志村三丁目(全て都営三田線)に出かける必要が生じたので、同じ日に行けるように設定し、まさにこのためにあるような都営地下鉄・都バスの一日乗車券を買い求めることにした。環境庁や日本環境協会本部に出かける時は、自転車を走らせることも多いのだが、さすがにこうしたパターンではそうはいかないので、この日はいつもの自転車通勤をお休みし、朝から都バスに乗ってちょっとぜいたくな出勤である。渋谷駅東口バスターミナルにある東京都交通局の窓口で一日乗車券を買い、まずはお茶の水方面へ向うバスで「青山学院前」まで。ゆっくりめの徒歩で10分かかる行程をほんの3分程度で走ってしまい、頗る快適である。(仮に銀座線が渋谷と表参道の間に駅を設けてもらえるならもっと快適かも知れない。青学はもとより、国連大学もあることだから、一考の価値は十分あると思っている。)

 これでまず、200円分。この日の外出の経路は、渋谷駅東口~(田87)~田町駅、三田~(三田線)~水道橋、ここまでですでに合計610円。次は本来なら水道橋~志村三丁目と三田線で直行すればいいのだが、そうはいかないのが筆者流である。その週末に少人数でネイチャーゲームを行うことになっていたので、下見がてらその会場がある茗荷谷を経由することにして、文京区役所の手前のバス停まで行き、壱岐坂下~(都02乙)~茗荷谷駅。そして、会場の窪町東公園の端まで歩いて、その近くの湯立坂下~(上60)~大塚駅まで。一日乗車券は都電荒川線にも使えるので、大塚駅前~新庚申塚と乗り、乗り継ぎ駅の西巣鴨から再び三田線に乗って、やっとこさ志村三丁目、という経路。乗り放題三昧でありがたい限りである。(もちろんこの寄り道は、水道橋の用件を終えた時点で、志村三丁目へ行くまで時間的余裕があったためのことである。念のため。) 志村三丁目からの帰りは新板橋まで戻り、これでこの日の合計は1,590円。一日乗車券代700円の倍以上、元を取ることができた。(こうした感覚は主婦並み?と自負する筆者である。)

clean-kippu.jpg そしてつい最近、今度は荒川クリーンエイド99年次報告集の打合せのため、都営新宿線 船堀方面(東小松川)に出かける用事があったので、再び一日乗車券のお世話になることにしたのだが、ちょうど水曜日だったため、ありがたいことに「水曜クリーンキップ」の恩恵を受けることができた。(本稿はそのPRのようなものである。) 同じく渋谷駅東口の東京都交通局で、700円出して一日乗車券を買い求めようとしたら、親切なことに「今日使われるならこちらをどうぞ」と差し出されたこの「水曜クリーンキップ(環境切符)」。「水曜日は電車・バスを利用し、大気汚染防止にご協力を!」と表書きしてあって600円。おまけに東京都の庭園美術館と写真美術館の入館割引付きになっているので、感心した。何となく存在は知っていたが、使える機会が巡ってくるのはそうないことなので、感慨もひとしおである。

 この日は、渋谷駅東口~(渋88乙)~青山学院前、でまず使い、青山学院前~(茶81)~九段下~(新宿線)~船堀~(新小21)~東小松川小学校、でクリーンエイドの事務所に向い、そして帰途に船堀~新板橋、という経路をとって、合計1,170円。いやはや本当に重宝である。(東小松川小~船堀の帰途でバスを使わなかったのは、打合せが22時30分までかかり、バス便がなくなってしまい、車で送ってもらったためである。せっかくのクリーンキップの主旨(「水曜日は乗らないDAY」)を損ねてしまったようで心苦しい?!)

 茶81のバス車内で、ご婦人方がこう話していた。「地下鉄は(階段を)上ったり下りたりで大変。バスはその昇り降りがない分、楽ねぇ...」 表参道の手前から乗ってこられて、半蔵門のちょっと先で降りていかれた。半蔵門線を使えばすぐなのだが、昇り降りの時間を含めるとどうも大差ないようである。それなら楽な方がいいのは言うまでもない。バスが頻発して、かつ割安な一日乗車券があれば、特に年配の方にとっては便利で楽なことこの上ないように思う。(都電が縦横に走っていた頃は、さぞ快適だったろう。) 筆者としても、水曜クリーンキップの趣意は大賛成である。こうした工夫で余計な乗用車やタクシーが減れば、大気汚染はもとより、騒音や温暖化の抑止にもなる。地下鉄も大事だが、バスをもっと便利に使えるようにし、クリーンキップや環境定期券をもっと奨励してほしいものだと思う。

891111-tokorozawa.jpg ちょうど10年前。平成元年11月11日は、正に1並びの最たるものだった。1年11月11日11時11分11秒と来れば、何と1が11並ぶので、駅頭の大型スクリーンではその瞬間、数字を大々的に映し出して、道行く人の注目を集めていたのを思い出す。あいにく筆者はこの日、所沢の先にある狭山ケ丘(まずご縁がない場所である)に新しくできるマンションの見学会に来る車の誘導・整理のバイトなんてのがあったので、その瞬間を大型スクリーンで眺めることはできず、その日の夜のテレビで、その瞬間の再現を観るばかりであった。「次に1が並ぶのは10年後」と聞いて、随分先の話だなぁと思っていたのだが、その10年が経ってしまったのだから、早いものである。

891111-kyodo.jpg  1.11.11を記憶にとどめられればいい、つまり記念乗車券や記念の刻印があれば十分という人も多いだろう。どうしても1が11並んだものを手に入れようとしたところで、乗車券や入場券で時・分・秒までそろえようとするのは至難の技である。(さらに欲を言えば、110円区間の切符で、発券番号も1111...) せいぜい大型スクリーンを見上げながら、その瞬間を大勢の人と共有できればいい、ということになる。さすがの筆者もこの日は観念して、出かけた先の所沢と当時の居所、小田急線経堂駅の1並び記念入場券を買ったにとどめた。だが、どうせ1の付く切符を買うのであれば、1にちなんだ駅のものにすれば良かった、とも思う。東京近郊であれば、東武伊勢崎線の一ノ割、東武越生線の一本松、西武線の一橋学園、JR外房線の上総一ノ宮、といったところだろうか(意外と少ないので驚いた)。まぁそこまでして手に入れようとも思わないが、逆を言えばニーズはある筈である。11.11.11の時はどうだったのだろう? (JR四国では、十と一を組み合わせて、士(サムライ)とするところを土(つち)に見立てて、予土線で土の付く駅の乗車券を組み合わせた記念切符を出したそうな。商魂逞しい限りである。)

meitetsu888.jpg 小田急線も相変わらず、この手の記念切符ビジネスに熱心で、11.11.11も新宿駅などで大売り出し状態だった。小田急線沿線で過ごした年数が長かった筆者の手元には、小田急線のこの手の数字並び切符がいくつかある。しかし、数字の付く駅にもっとこだわっていれば、そんなに集めることもなかったろう。同線で数字が付く駅は代々木八幡程度なので、数字並び切符を小田急が売るのはもともとムリがあるように思う。それに引き替え名鉄などは、8.8.8にちなんで、同線の駅で8の付く三河八橋・八神・八百津の3つの乗車券を組み合わせた巧みな記念切符を出している。(駅の由来まで付いているのがポイント) 記念切符にはこうした知恵・工夫がもっと必要なのではないかとつくづく思う。

 11.11.11に限れば見栄えはするから、何かしら買うなり、押印してもらうなりしても良かったのだが、切符についてはやはり数字と駅名に関連性がほしかったので、今回は特に買わなかった。飯田橋駅が「11(いい)だばし」切符でも出してくれれば買ったかも知れないが、こういうダジャレを思いつくのは筆者くらいなものだろうから、売っていよう筈がない(ちょっと残念ではある)。

900202.jpg 平成2年2月2日2時2分2秒、2年2月22日2時22分22秒、2年3月4日5時6分7秒、平成3年3月3日3時3分3秒については、いずれも渋谷駅のハチ公口の前で、109-②の大型スクリーンを見上げていた、当時はヒマな筆者であった。1並びを見に行けなかった一抹の悔しさがこの執念を生んだと推察するのだが、残念ながら写真として残っているのは、2.2.2.2.2.2だけで、どの時点で中断されてしまったかは定かではない。3並びが実施されなかったのは覚えていて、とにかくやらなくなってからは関心もなく、見に行くこともなくなった。しかし次回の数字並び(これはしばらくないので)数字昇順はと言うと、平成12年3月4日5時6分7秒である。よく考えると、平成年号で1、2、と続くのはもうないだろうから、これは見逃せないかも知れない。大型スクリーンでなくとも秒数をカウントする時計があれば、今のうちに探しておこうと密かに意を決する次第である。

 旅行地理検定試験なるものが世に出てはや5周年。国内・海外の両旅行地理検定試験は過日7月4日で9回を数えていた。旅行地理検定を受けようかどうしたものか考えあぐねているうちに、昨年12月には、その試験の新種として「鉄道旅行検定試験」なるものが登場し、鉄道好き旅行好きの筆者はいよいよ居ても立ってもいられなくなっていた。ここ数年は資格試験に凝っていたため、検定試験となると漢字能力検定(僭越ながら筆者は2級)以来なので、受検するとなるとそれなりに気が引き締まる。されど、漢字能力検定とは異なり、受検級がある訳でなく、単なるレベルの認定(つまり試験問題は全員共通で、正解数に応じて、級位を認定するのみ)なので気楽と言えば気楽である。いろいろ問題集も出ていたのだが、純粋に日頃の鉄道知識を試すことを念頭においていたので、時刻表をたまに見る程度で大して勉強しなかった。

990704.jpg ともかく旅行地理検定ではなく、「第2回 鉄道旅行検定」を7月4日に受けてきた。①車両、列車、運行区間、②路線、駅・施設、車窓・沿線風景など、③総合問題、①~③各40問で合計120問を60分。マークシートの4択式だが、問題用紙を開けてビックリ! とても一筋縄ではいかない出題ばかりで、さすがの筆者もw(- -)w(お手上げ状態)。時間的な余裕は全くなかった。検定試験の案内パンフレットを見ると、昨年の第1回受検者のアンケート結果が載っていて、難易度...「難しかった」:21%、「まあまあだった」:58%なんて具合だったので、タカをくくっていたのだが、いやはやおそれいった。

 開いて最初のページ。日本地図上の鉄道路線図(駅名・線名なし)で、線が太くなっている部分が5つある。「運行区間にあてはまる列車名を答えよ」と来た。これは特急・急行列車がどこ発どこ着かを正確に把握していないとわからない問題である。ここは勘が働いて、5問中4問正解。(^^)v(終わった後に正解表と問題集までもらえたのは幸運だった。)

 この後が大変だった。3月にデビューした700系のぞみの発車時刻と号数、寝台列車の編成や座席の席番配置に関するもの、「仙台に住んでいるAさんと福岡に住んでいるBさんが青春18きっぷのみで仙台と福岡の中間に位置するとある駅で待ち合わせをする。二人はそれぞれ何時何分発の列車に乗り、そのとある駅にそれぞれ何時何分に着いたが、さてその駅は?(そんな待合せする人物がいるんかいな?!)」などなど。出だしの40問から難問の連続。ここに挙げた問題はいずれも不正解。(+_+)トホホ...。

 次の40問は、多少は地力が活かせて、程々の出来。しかし自信を持って答えたはずが、自己採点すると結構違ってたりして、やはりw(--)w。線名問題は全問正解だったが、駅名の読みが案外ダメで、5問中2問どまり。次の問題わかりますか?(実際の出題は、読み方の組合せが4通り書いてあってそこから正解を選ぶ方式) 正解は末尾の通り。

 ①宗谷本線:比布・咲来・抜海
 ②磐越西線:上戸・尾登・鹿瀬
 ③伯備線:美袋・方谷・石蟹
 ④土讃線:箸蔵・角茂谷・吾桑
 ⑤日豊本線:朽網・日出・浅海井
 (この駅名を正解の通りに試しに打ったら、全部ちゃんと変換されて出てきた。マイクロソフトの辞書ファイルっていったい...?!)

 続いて最後の40問になる訳だが、さすがに総合問題というだけあって、単発でなく文章問題だったりするので、読みこなしてから取り組まねばならない。配分通り残り20分だったので、まさにぎりぎりの攻防になってしまった。(~o~)

 品川~横浜間仮開業以前に、この鉄道に乗車し、乗車記を日記に書き残したのは誰か?(そんなの知りますか!)、「鉄道唱歌-東海道編」の歌詞に登場する東海道線以外の線名はどれか(あちゃ~(>_<))、JR「ジパング倶楽部」会員のJR線運賃・料金割引率の正しい説明文は?(な、何それ)、といった具合。(ここに挙げた問題はまたしても不正解。(*_*))

 傑作だったのは、次の駅弁を販売している駅は?で、「カモON!鴨鴨ランチ/モ~牛牛づめ/とってもヘルシーDAチョ~ン」(思わず笑ってしまった。何とも箸休め的な出題である。) こんなのを売るのは畜産業が盛んな土地に違いないと踏んで、山陰本線半ばの盆地にある駅を選んだらズバリ正解だった。!(^^)!

 ラストの方はほとんど鉄道紀行で、何時何分の何に乗ると、何分後にはある観光名所...てな具合(文章だけ読んでるとまるで西村京太郎である)。せっかくの紀行文なのに、情景を思い浮かべながらそれを堪能する余裕がないのが何とも哀しい。

 残り2分程残して、何とかマークシートを埋めることはできたが、机上とは言え、日本国内をあっちへ行ったりこっちへ来たりですっかりぐったりしてしまった筆者であった。一部うろ覚えだが、自己採点した結果は、120問中、65~70問正解、といったところ。認定級はいったい何と出ることやら。(ちなみに1級はリニア、2級はのぞみ、3級がひかりで4級がニューMAXだそうな。最下級は8級の普通列車と言うオチ付き。)

 いわゆる鉄道マニア(特に列車マニア)にはちょっと向かないかも知れないこの検定。(筆者のような路線マニア?!もちょっと不向き) しかし鉄道知識の総合力を計りたい人には打ってつけだと思います。ぜひお試しあれ。

 以下、駅名問題の正答です。

 ①宗谷本線:ぴっぷ・さっくる・ばっかい
 ②磐越西線:じょうこ・おのぼり・かのせ
 ③伯備線:みなぎ・ほうこく・いしが
 ④土讃線:はしくら・かくもだに・あそう
 ⑤日豊本線:くさみ・ひじ・あざむい

keihin-tohoku1988.jpg 京浜東北線が田端から田町の間を快速運転し出した当初、通過駅になってしまった御徒町ではアメ横商店街挙げて、「快速運転反対!」とかを唱えていたのを思い出す。大宮~川口や横浜~大船からの遠来の客にとっては、快速運転によって時間的距離が縮まる訳で、上野や秋葉原で山手線に乗り換える手間を差し引いても、そのメリットは大きいと考えていた筆者は、こうした地元商店街の反発を短絡的かつ顧客軽視な発想と受け止めていた。逆手にとって、「大宮~川口、横浜~大船の皆様、ようこそ!」くらいの度量を見せた方が良かっただろう。御徒町を通過することで果たして客足は減ったのだろうか? むしろ快速運転のおかげで相変わらずの賑わいを見せているのではないか、と思うのである。

 御徒町の例は、今まで各駅停車だったものが快速列車になる、というあまり見当たらないケースで、確かに地元にしてみればあまり愉快でない話である。逆によくあるのはこれまで各駅停車のみだった駅に優等列車(快速や急行等)が停まるようになる話。これは地元挙げて歓迎ムード一色になり、停車初日などには自治体首長や地元有力者がそろって祝賀式典を開いてしまう、という程の盛り上がりを見せるので、否応なく記憶してしまう。筆者の覚えているところで書き出すとざっと以下の通りである。

【JR横浜線】

・快速運転当初の停車駅:東神奈川、新横浜、鴨居、中山、町田、橋本

・現在:東神奈川、新横浜、鴨居、中山、長津田、町田、相模原、橋本

 2駅増えたが、逆を言うとなぜ快速を停めなかったのかが不思議なくらいである。未だ菊名に停まらないのは、乗客の流出を防ぐための競争原理が働いているからだが、不便なことこの上ないのは、沿線の方々が最もよく実感されていることだろう。(新幹線利用客も然り)

【JR京葉線】

 幕張メッセがオープンして間もなく、何らかの大型イベントを見に行った筆者は、京葉線の快速が海浜幕張に停まらないことを知り、えらく驚いたのを覚えている。この日はさすがにイベントに繰り出す乗客が多かったため、快速を臨時に停めていたが、快速列車が標準停車になったのは、その後、間もなくのことだった。

 休日と平日でかなり変則的だが、平日の快速停車駅は、東京、八丁堀、新木場、舞浜、新浦安、海浜幕張、検見川浜、稲毛海岸、蘇我となっている。

【小田急線】

 江ノ島線の変化が激しい。東急田園都市線が延伸されていたのを機にしばらくして、中央林間に急行が停まるようになった後、大和には特急が、そして今秋、横浜市営地下鉄が入って来るタイミングで湘南台に急行が停まるようになる。かつての急行は相模大野、南林間、大和、長後、藤沢だったので、急行列車たる貫禄があったが、こう増えてくると意義が薄れてきそうだ。一度停車したものを停まらなくするのは、横綱を降格できない、市に昇格したら、どんなに人口が減っても町に戻すことはないのと同じで、既得権みたいなものだから、扱いが難しいのだろう。(地元が反発するのは想像に難くない。)

 しかしながら、小田急にはこんな例もある。筆者が昔、経堂に住んでいた頃、準急列車は全て経堂に停まっていた。ところが、代々木上原が新しくなり、千代田線が直通準急で乗り入れて来るようになってからは、直通準急は経堂を通過。ついでに朝夕ラッシュ時の準急も停まらなくなってしまった。幼心に結構ショックだったのを覚えている。この時、同じ憂き目に遭ったのが代々木八幡で、千代田線が代々木公園止まりだった時分は、準急が停まっていたが、千代田線の直通乗り入れが始まった途端、ただの各駅停車のみの駅に「降格」してしまった。かつては代々木上原の方がずっと地味な駅(高架ではなく、地上駅)だったのに、今では格の違いを見せ付けている感がある。(ちなみに、新百合ヶ丘ができる前の急行停車駅は、新宿、下北沢、成城学園前、登戸、向ヶ丘遊園、新原町田(現・町田)、相模大野...だった。向ヶ丘遊園から新原町田の間を猛スピードで走っていた当時の「急行」が懐かしい。)

【東武東上線】

 新しい駅ができると、優等列車をどう停めるかが焦点になってくる。筆者、小学校低学年時代は川越に住んでいたので、東上線にはよく乗ったものだが、その当時の急行列車は、池袋、成増、朝霞台、志木、川越...だったが、営団地下鉄有楽町線が乗り入れてからは、和光市に停まるようになり、新しくふじみ野ができると、そこにも停車するようになった。新駅という点では、柳瀬川、みずほ台、若葉の3つもそうだが、ふじみ野には停めながら、その近くの柳瀬川、みずほ台には停まらないのは、ふじみ野が東武の宅地開発の目玉だからに他ならない。同じ新駅でも明暗を分ける一例と言える。(もっとも地元の人たちにとっては、新しい駅ができるだけでもセンセーショナルなのだと思うが、どうせなら優等列車も、というのが人間の欲求本分なんだろう。)

 ちなみに、東武伊勢崎線の板倉東洋大前も新駅だが、これまで東武動物公園~新大平下の間を30分間ノンストップで走っていた快速列車を停める一つの布石、かつ一大ステーションにいきなりなってしまった。

 新駅ができる時、そして線路を延ばして新たに相互乗り入れを始める時など、どこにどう優等列車を停めるのか、というのは筆者にとってちょっとした関心事である。沿線住民・沿線自治体の思いと鉄道会社との思惑がどう折り合ったのか、そして、そこに停めるに至った決定的な理由は何だったのかを実際に現地を訪ねることで検証するのは楽しい。都営地下鉄が新宿線の急行運転を始めたのに次いで、浅草線では空港間快速特急(成田←→羽田)の運転を始めた時、その停め方に「なるほど」と感心させられたものだった。お次は、営団南北線と都営三田線が目黒から東急線に乗り入れを始めた暁か。急行停車駅がどうなるのか、これも気になるところである。(多分、目黒、武蔵小山、大岡山、田園調布...になるものと思われるが。)

 未だになぜここに停車して、ここに停まらないのか、と考えさせる駅は幾多もある。地元挙げて、優等列車停車に向けて運動を繰り広げているところも多い。ともかく利益誘導や地元本位な安易な停車設定は考えず、路線全体、交通体系全体(乗り換えや混雑緩和)での最適なパターンをじっくり考慮してもらいたいものである。当然、そうした観点からは既得権益にこだわらない「降格」も検討する必要が大いにあると思っている。

 筆者の一計では、JR常磐線快速の新松戸停車、JR東北本線普通列車の川口停車、東武東上線準急のときわ台停車、横須賀線の鶴見駅設置、などは実現してもよいと昔から思っているのだが、いかがなものだろう?

☆今回は東京を離れて、神戸からのモノローグです。

 阪神電車に乗るのは何年ぶりだろうか。記憶が正しければ、三宮の東急ハンズが開店した時以来だから、約10年ぶりになる。当然、神戸へ足を運ぶのもそれ以来になるから、ずいぶんとごぶさただった訳である。阪神大震災後、運転を再開するまで多くの時間を要した阪神電車。高架橋が崩れて車両ごと転落した様に象徴されるように、被害が甚大だったことが思い起こされる。

 そんな阪神電車(正確には沿線住民や通勤客)に一つの念願があった。姫路と神戸とを結ぶ山陽電鉄との直通運転(梅田~姫路)である。物の本によると、阪神側は梅田から神戸高速鉄道を経由して、山陽側の須磨浦公園まで。山陽側は姫路から同じく神戸高速鉄道を経由して、阪神側の大石まで、という変則的(つまり尻切れトンボ)な相互乗り入れをしていたところ、やっと梅田~姫路を直通で結ぶ特急列車の運転が開始された。それは昨年のちょうど今ごろ、2月15日。つまり直通を始めて1年経った訳である。震災がなければもっと早く実現していたかも知れないが、復興に呼応して、加速的に実現したと言った方がいいだろう。震災後、最初に立ち直ったJR線に乗客を奪われていたこの2つの私鉄にとって、乗客の呼び戻しは急務。そのカギがこの直通特急だったと言える。東京でも他社線の相互乗り入れは盛んだが、終点から終点を結ぶ直通特急はむしろ珍しい。快挙だと思う。(例えば、京成線・都営浅草線・京浜急行の乗り入れは有名だが、昨秋やっと成田空港と羽田空港を結ぶ特急がお目見えしたばかりで、終点間となる成田空港と三崎口を結ぶ運転はしていない。)

 直通特急は30分おきの間隔だが、ちょうど12:00梅田発の列車に乗ることができた。沿線住民でもないのにこんな感想も何なのだが、山陽電鉄の特急車両が梅田まで入ってくるのは今までなかったことなので、ちょっとした感慨を覚えた。しかし、阪神電車の終点、神戸元町をめざすからには、ここで気を引き締める必要もあった。目的はこの特急列車ではなく、あくまで神戸にあったのである。

 発車してしばらくすると地上へ。時折、雪の降り混じる景色の中、列車は緩やかに加速しながら高架線をひた走るようになる。尼崎~甲子園あたりの高架駅はどれも新しく、復旧に合わせて建て替えたような印象を受けた。西宮あたりからは、見下ろす街並に半壊した建物が目に付くようになり、一方で新しい家屋も目立つようになった。中には、倒壊は免れながらも、継ぎ接ぎの施工をした家屋もあって、4年を経て尚、その爪痕を見て取れることに言い知れぬものを感じた。阪神高速道路と並走して走る阪神電車だが、道路が亀裂したり、倒壊した現場がどこだったかなんてことはさすがにわからない。ただ遠くから、当時の惨状を思い、目を瞑るばかりである。魚崎~住吉に来ると、阪神電車が転落した跡だろうか、線路脇に大きな空き地が残っていた。さらに進んで御影あたりまで来ると、仮設住宅らしい建物が現れ、「なぜ神戸に...そう、これは単なる観光ではない」ということを再認識させられた。

 列車は再び地下に入り、元町に着く。表に出ると、何となく雨模様である。街景は一見して違和感ないが、やはり新装した商店が多いことにすぐ気づいた。大丸も大々的に手を加えたらしく、雨に打たれながらも華やいだ感じを外観から受けた。旧正月の催しを翌週に控えた南京町界隈は、震災の跡は特に見受けず、にぎやかな印象。行列を待って買い求めたブタマンをほおばりながら、ここに来た目的の一つ、神戸レンガプロジェクトで寄付したレンガの敷設のポイントをめざすことにした。ボランティア関係でいろいろお世話になっている社会貢献推進室I課長(当時)は、筆者の敷設証明書を頼りに探したが、見当たらなかったと聞いていた。その地点に着いて、拡大図と見合わせて探してみたが、果たして見つからない。元町3丁目商店街の交差点で、人通りの激しい箇所ということもあり、レンガ敷き直しの憂き目に遭ったかと思いつつ、近くにちょうど「慰霊と復興のモニュメント設置実行委員会事務局」なるものがあったので、レンガの舗装工事がいつ頃あったかなど聞いてみたが、事務局自体ができたのが最近ということで、係の人はまるで知らない態。敷設証明書には、「都市計画及び復旧工事、緊急事態等のために予告なく、一部レンガが撤去される場合」云々と書かれているので、その文言に承服して、いったん引き揚げることとした。が、レンガプロジェクト実行委員会からの敷設証明書にある地図を見ると、同じ元町通り商店街のもっと西側にも敷設ポイントが書いてある。まさか全部が全部憂き目に遭うことはないと思い、試しに見に行ってみる。お茶屋の前まで来てふと目を落とすと、うっすらと刻字してあるレンガの群を発見した。お茶屋が折良く茶を振る舞ってくれていたおかげで、足を留め、視線を落とすことができた訳である。

 お茶屋の兄さんにいろいろ様子を聞くと、通りがかりの人はまず気づかないこと、自身も最近気が付いたこと、というくらいだから何とも情けない。(いや致し方ない、とすべきだろう。) こっちが熱心に見入っている上、写真まで撮っているものだから、周囲の人も何となく目を落とし、歓声を上げながら通って行くようになった。レンガプロジェクト実行委員の取り組みも控えめ、というか普通ならどこかに目印や看板でも立てそうなものだが、下手に目立って落書きされるよりはいいから、ここは控えめでいいようだ。メッセージそのものは単純明解なものから、細かく真摯なものまで多種多彩。2つ分で大きな図柄を施したものもいくつかあったし、デザイン的に優れたイラストを基調にしたものもあって、よく見れば全般的に目をひくレンガが多かった。

990211.jpg さて、この一件で、一見では見つからないことがわかったので、もう一度、筆者が寄付したレンガの敷設場所まで戻り、くまなく探してみることにした。すると、茶屋の前で見つけたのとは違い、ずっと小さな塊で敷設レンガがあるではないか! 証明書に示した行・列番号をたどり、注意深く見てみると、そのあたりに「あったあった!」

 敷設証明書でID番号を見た時は驚いたが、数合わせよく「01111」。まさにその番号で、メッセージは「(上段)このレンガが大地の癒やしと(下段)復興の礎となりますように。」 95年8月25日付けで夫婦共同(上段:妻、下段:筆者)で書き記した刻字のレンガがひょっこり収まっていた。今思うとなかなかの名文句である。今回の旅行、実は2月12日に「グリーン購入ネットワーク研究会」があって、つまり仕事で大阪に来たのにちゃっかり乗じたものである。都合よく金曜日が休みの谷間だったので、実現できた。(妻にも休みをとってもらっての同伴旅行である。) という訳で、レンガを見つけた時の二人の喜びようと言ったらそりゃあもう... どうやら、I課長に聞いた情報が思い込みとなり、探し出す気力を減じていたようだ。(いやはや...) 一度は憂き目に遭ったとあきらめていたレンガがこうしてちゃんと見つかったのは、ひとえにレンガが二人を呼び戻したため、と思わざるを得まい。何枚か写真に収めて、引き続き大地の癒しと復興の礎となることを念じつつ、この場を後にしたのであった。

 元町からは、三宮センター街を通り、JR三ノ宮駅をめざす。にぎやかなアーケード街はすっかり震災から立ち直った如く、活気に満ちている。が、途中に大きくぽっかり空いた土地があった。こども向け用品店のファミリアが店を構えていたことを看板が示していた。ここでの活気がこうした犠牲の上にあるということをつなぎとめるような...大げさかも知れないが、そんな風に筆者には映った。もう一つ、記憶をとどめるものに出くわした。それは、三ノ宮駅のごく近くまで来たところ、震災の記録と復興の歩みを一堂に集めた「阪神・淡路大震災復興支援館」(フェニックスプラザ)である。観光ガイドには全く載っていなかった(あるいはきちんとコメントを付していなかった)だけにこれには驚かされた。一見ハコモノ施設といった観もあったが、内容は至って真剣で、4年前の衝撃を思い起こさせるものばかりだった。神戸に来たのは、この目で震災と復興の跡を確かめることにあったので、ここでそれらをまず概観できたのはありがたかった。乗ってきた阪神電車の沿線の被害状況を地図で確かめる。西宮、芦屋、魚崎... 高速道路の亀裂・倒壊が一ヶ所だけでなかったことを改めて確認できた。地図をはじめ、展示内容をコンパクトにまとめたパンフレットがあったので、震災の記録を身近にとどめるには好都合、加えて防災に関する情報も含まれているので、活用できそうである。他にも震災復興補助事業としての「フェニックスセール」や施設のオリジナル「フェニックスグッズ」の案内パンフ、生活復興ブック「ボランティアをしたいときに読む本」などを入手した。資料、記録ビデオともに豊富である。三ノ宮を訪れる人には立ち寄ってほしいと思う。(旅行書や観光ガイドブックにはぜひ載せるべきものと感じる。)

 三ノ宮からはさらに西へ、神戸、新長田方面へ向う。JRは市中、高架路線なので、往路・復路とも車窓からは、空き地、仮設住宅、新旧の建物が混在した商店街や再開発の直中にある街路・集合住宅など、多くを目にすることができた。雨は上がったが、曇天の下に拡がる街・家並みは、どこかしら哀感を漂わせつつ、復興への確かな光明をそこに織り交ぜていた。レンガは少しでも役に立っただろうか、そんな情景を眼下にしつつ、とふと思ってみたり...(合掌)

 ひょんなことから、西武新宿線の新宿から井荻までの回数乗車券を1枚手にしたのだが、なかなか使う機会がなく、とうとう有効期限最終日になってしまった。その日1月29日は、さほど遅くなく帰途につけたので、ここはひとつ新宿線で遠回りして帰ってみよう、ということにした。職場から渋谷まで歩き、山手線に乗る。いつもなら新宿で埼京線に乗り換えるのだが、この日は高田馬場まで乗り通す。これまで高田馬場はホーム端っこの改札しか縁がなかったが、西武線の切符を予め持っているので、乗り換え専用の改札へ堂々と足を運ぶことができる。もちろん西武線用の券売機もあるから、予め切符がなくてもいいのだが、改札に直行できる点で、周囲の通勤常連客に対して気が引けることがないからイイのである。自動改札なので、通勤経路定期券と切符と両方を通さないといけないのだが、その順番は意外にも(先)西武線切符→(後)JRの定期券、だった。順番を間違えるとどうなるのか試してみたいところだったが、せっかくの常連客気分が台無しになる上、帰途を急ぐ方々に迷惑この上ないので、おっかなびっくりだったが、順番に従い入場した。

 さて、西武線 高田馬場駅はホームの全面改良工事中ということもあって、とにかくホーム幅が狭く、並ぶのにも一苦労である。この時点で既に野方に行くことに決めていたので、どこに並んだらいいのかわからないながらも、ひとまず普通列車が来るのを待つ。ホームに降り立ってすぐ拝島行きの急行列車が来たが、あれよあれよで人垣が吸い込まれていくのには驚いた。ふだん乗らないので知らないだけだが、田無・小平方面に帰る人が多いのがよくわかった。閑散としたホームに、閑散とした普通列車が続けて入って来た。10年経っただろうか。学生時代は暇を見つけては、都内・近郊を電車で盛んに移動して楽しんでいた(このおかげで、首都圏はどこにどんな地名があって、何線に乗ればそこに行ける、という鉄道地理にすっかり強くなってしまった)が、西武新宿線の普通列車に乗るのは、多分その当時以来のことと思う。特に用事もないのに、下落合、中井、新井薬師前...実はどの駅も乗り降りしている。駅舎やホームの記憶は薄れても、駅周辺を歩いて、目にしたもの耳にしたものは何となく記憶に残っているから不思議なものである。足を使う、目耳を使う、体験を伴う記憶は強いということだろう。各駅に着く度に周辺地理を思い返しつつ、そんなことを考えるうち、野方に着いた。野方にしても過去に下車したことがあるので、何がしかの記憶がありそうなものだが、なぜかこれといった決定的な記憶がなく、はてこんな商店街、こんな家並みだったかしら、と首をかしげてしまう筆者であった。

 野方は、西武新宿線と環七通りの接点にあたるところ。環七通りと来れば、ラーメン店が軒を連ねるポイントが散在する通り。回数券を手にした当初は、野方に行こうとは全く思い描いていなかったが、野方に行けばそれなりのラーメン店に出くわすだろうから、平日夜なら行ってみてもよさそうだ、と頭の片隅で画策していたのは確かである。とは言え、あてがないので駅前の書店でラーメン店マップを繰ってみる。 ...が、有力な情報は得られず、一軒だけタクシー運転手おすすめの店が環七沿い駅南方にあることをキャッチして、ひとまず環七方面へ向うことにした。途中、帰りの足である赤羽駅行きのバス停留所とバスの通過時間を確認して、情報にあった通りの店先まで来たら、いやはやシャッターが閉まっている。レストラン・飲食店ガイド系の情報はこうした閉店・移店を細かくフォローしていない場合が多いので、またしても?!「ヤラレタ」状態となった。いやいや、この日は違った。第21話で高円寺から赤羽にバスで帰るくだりが出てくるが、過去に何度か野方界隈を車やバスで通る度に目にして気になっていたのが、環七ラーメン店の一つ「野方ホープ」。その「野方ホープ」が反対側の数十メートル先で煌々としているのである。野方駅を降りて環七通りを歩いたことなどないから、もともと正確な場所など知る由もない。それだけにこの巡り合わせは幸運だった。

 さぞ混雑しているかと思いきや、先客は一人だけ。いささか拍子抜けしたが、隣客と肩が触れるような中で食するよりはずっといい。「海苔ラーメン」を注文して席に着く。千駄ヶ谷(明治公園前)には「ホープ軒」があって、そこも業者用容器ごとニンニクが置いてあったが、こっちのホープも同様。かつて三田の慶応大前(今は武蔵小杉?)にあったラーメン二郎もそうだが、膏の多い少ないを指定できるのもホープ軒と同じ。ホープ軒の元祖がどこなのか(「ホープ軒」?「元祖ホープ軒」?)は、実はよくわからないのだが、案外「野方ホープ」かも知れない。器に羽を広げた形で海苔を配したラーメンはしょうゆトンコツ味。ニンニクを少々混ぜるとまた格別である。割り箸でなく、持ち箸なので、少々麺が滑るのはいつものことだが、独特なコシがあるように感じた。(筆者これといってラーメン事情通でも何でもないのだが、多少の違いはわかるつもりでいる。) サービスの半々ライスをつつきながらだったこともあって、時間はかかったが、それはじっくり味わって食べたことの裏返し。二人だった客は、食べ終わる頃には6人増えて、店内いっぱいになっていた。そして客が増える時間を知ってか知らずか、店員も時間に合わせて一人から二人になっていた。常連客が多いのかどうかはわからないが、この賑やかさからして、やはり名物店であることは確かなようだ。

 野方ホープの隣で改装工事をしている店舗があった。後で貼り紙を見て気が付いたが、シャッターが閉まっていたタクシー運転手おすすめの店がここに移ってくることになっている。店の名は「道開」。本には北海道ラーメンが中心となっていたので、野方ホープとの棲み分けはされるだろうけど、何も隣に来なくてもと思ってしまう。次にこの界隈に来るのはいつになるかわからないが、両者とも共存共栄していることを願いたいと思う。

034.jpg 余談ながら、現時点での筆者お好みのラーメン店上位10は左表の通りである。(野方ホープはちょっと及ばず12~20位内といったところ)

 明治5年(1872年)というから、今から126年前になる。この年の10月14日に新橋~横浜間に、日本で最初の鉄道が開業、つまり汽車が走ったことを記念してできたのが、10月14日の「鉄道の日」。今年で5年目を迎える。誕生日当日ではないものの、多少お祝いの意味も込めて、10月9日に天城高原に出かけてきたが、帰路で役に立ったのが、今年から発売になった「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」である。鉄道の日といってもこれまでは、記念乗車券・入場券・プリペイドカードの類が主だったが、5年目を迎えて鉄道の日の意義も深まったのだろう。ともかくこのJRの共同企画はありがたかった。このきっぷ、10月4日~20日までの間に3日分、どこのJRであれ、乗り放題で使える。同一行程3人で1日、同一行程2人で1日+1人で1日、一人で3日連続、一人で日を分けて3日分、などとバリエーション豊富な使い方ができて、計9,180円。1枚あたり3,060円である。青春18きっぷが1枚あたり2000円代前半だから、それよりはちょっと高めだが、5枚つづり、かつバラで使えなくなってしまった18きっぷに比べれば、至って手軽である。(但し、特急・急行に乗るには、特急券・急行券の他に乗車券をさらに追加しないといけない不便さも18きっぷと同様。普通と快速列車しか乗れないのがミソである。出発前に時刻表とにらめっこしなければならない。)

 さて、天城高原へは伊東からバスで行くルートが専らなので、鉄道に乗るのは伊東までである。山手線区内から伊東までは、2,210円だから、単純に東海道線経由で行く場合は、乗り放題きっぷでは意味がない。実は伊東までは、最初からスーパービュー踊り子号で行くべし、と決めこんでいたので、往路は正規の運賃(乗車券+指定席特急券)で予定通り。帰りをどうしよう、と考えていたところに現れたのが、この乗り放題きっぷだったのである。思いついたのは、せっかくJR東日本・東海の分け隔てがないのだから、熱海から西進、富士から甲府に北上して、中央線で帰ってみよう、という遠回りプラン。途中下車した駅までの運賃をそれぞれ合算してみたら5,500円ほどだったので、時間はかかったものの十分おトクな旅になった。富士山の西側外縁を富士川に沿って廻り、富士と甲府をつなぐのは身延線。学生時代に全国を鉄道行脚したものの、こうした支線にはなかなか乗る機会が得られないもの。このきっぷのおかげでようやく乗車することができた。

 富士山を遠望しながら、平野部をのんびり走っていくものと思っていたが、富士宮を過ぎてからは、何となく勾配が出てきて、富士川の中流・上流と溯るに従って、山間部をせめぎ走るようになったので意表を衝かれた。飛騨を貫く高山本線の車窓から見るのと同じような景色が随所で広がる。この日の富士山は今年最初の冠雪があったというものの、何となく黒みがかった山容で不気味だったが、ともあれ富士山を拝めるのは、富士から20分ほど走った富士宮近郊までで、そこから先はこんな山合になるのである。身延線の中間にあたる身延を過ぎると、多少平地が多くなり、田圃や果樹園が目に付くようになる。10月10日は晴れの特異日。この日も前日の快晴から続く、夏日のような陽射しに時折見舞われたが、さらに北上し、甲府盆地に入って来て、田畑が浩々と広がる景色に変わると、一面に降り注ぐのはやはり秋らしい穏やかな日差しだった。収穫期の盛りにある田圃では、刈った稲わらを積む作業に携わる人垣をところどころで見かける。日本の田園風景の豊かさと実りの秋の一端を感じることができ、有意義だった。

 往路のスーパービュー踊り子に話を戻す。これは筆者が通勤で使う埼京線を出中かすめていくので、何とか乗る機会はないものだろうか、それも池袋から展望車両に乗り込んで、とかきたてられていたのをようやく今回実現させたものである。1カ月前に朝一番で展望席を押さえられたのは幸運だったが、進行方向、つまり下り方面の先頭展望車両がグリーン車であるなどというのは知る由もない。押さえたのは最後尾の展望車最前列だった、というのに気づいたのが、当日、池袋駅のホームでのことだったからどうしようもない。スーパービューは、東京発通常の踊り子号の指定席料金にさらに上乗せの料金になっている。となれば、先頭展望車のプレミアムはその上乗せの範囲内と考えるのが常道だと思うのだが、実に甘かった。新宿南の高島屋タイムススクエア、恵比寿ガーデンプレイス、埼京線から横須賀線に乗り入れる際に通過する大井操車場のポイント、みな後向きである。押さえた展望車座席が最後尾と知って驚く乗客は他にもいたが、何だかんだでこうした鉄道の旅にハプニングはつきもの、と割り切ることにして、後ずさりする展望を楽しみながらの往路となった。

 さて、平成10年10月10日を記念に扱うきっぷを旅中、探してはみたが、甲府にあった程度でいいのが見つからなかった。ということもあって、翌11日には、鉄道の日にちなんで開催される「鉄道フェスティバル」に足を運ぶことになる。全く以って鉄道の日三昧である。会場の日比谷公園は、天気に恵まれたのはいいとして、ポケモンアトラクションとかなんとかのおかげで、親子連れを中心に大にぎわいだった。スポンサー企業の出展が増えた分、ゲームコーナーなども盛んで、過去4回のフェスティバルとは趣を変えて、すっかり大衆型イベントになっていた。(予告ポスターにしても然り!) とはいえ、小田急線の停車駅案内のボードなぞを抱えている人がうろうろするあたり、やはり鉄道イベントに間違いない。ステージの対面、日比谷公会堂側に行くと、民鉄(日本民営鉄道協会)の合同テントがあり、ようやく本来の鉄道フェスティバル然とした臨場感を得ることができた。

981011.jpg 今年は第5回という節目のせいか、民鉄の出展数が多いのに驚いた。大手私鉄各社の他に、北は津軽鉄道、西は広島電鉄まで。岩手県を走るくりはら田園鉄道は、1,000円以上お買い上げで新米500gプレゼント、なんてのをやっているし、関西の私鉄各社は関西弁丸出しで、自社の記念プリペイドカード(当然、関西でその線に乗る時でないと使えない)の宣伝に躍起。東急は東横線新丸子駅のボード(駅名標)を1,500円で売り出す力の入れ様。上毛電鉄や大井川鉄道なんかも出ていて、ちょっとした鉄道博である。筆者は、10.10.10がお目当てだったので、民鉄コーナーでは結局、京浜急行の品川駅硬券10.10.10と11月17日に駅名が変わる羽田駅の硬券10.11.17を買い求めた程度。他には、JR四国が出した「五十崎・十川・八十場の10.10.10記念入場券」(ちなみに駅名はそれぞれ、いかざき・とかわ・やそば、と十の読み方がみな違う。鉄道クイズにはもってこい?!と思われる)を買ったが、ついで?に弘済出版社コーナーの山手線路線図(ドアに貼るシール状のもの)なども買ってしまった。どうもこの手の販売品には相変わらず目がないようだ。こどもがやたら多かったせいで目立たなかっただけかも知れないが、いわゆる鉄道マニアっぽい諸氏にはお目にかからなかった。筆者が会場に着いたのは、13時ちょうどくらいだったから、午前中に来て、ひととおり物色した後だったとも考えられるが、マニアと鉄道各社社員のやりとりを立ち聞きしていると、結構耳寄りな情報が得られるだけに、ちと残念だった。(そんな筆者もやっぱりマニア?)

 そんなこんなで、鉄道の日を前後して、鉄道三昧になるこの時期だが、どうやら毎年恒例になりそうだ。乗り放題きっぷは、あと1回分残っているので、まだ乗ったことのない路線・降りたことのない駅をめざして、旅に出ようと思っている。しかしながら一つ気にかかるのが、10月10日、伊東駅改札で乗車日をスタンプしてもらった際、見慣れないきっぷ故、駅員さんが間違えて3回目の欄にも押してしまい、「誤入鋏印」をもらうハメになったこと。次回使う際、3回目の欄にちゃんとわかるように乗車印を押してもらうと同時に、途中下車で改札を通る時、ちょっと釈明が必要になりそうなのが面倒だ。また何かハプニングが起こるだろうが、それもまた楽し、とするべきか...

 品川駅では時折、特殊な列車や車両の見本展のようなイベントが開かれる。5/31は5月最終日にしてようやく乾いた感じの五月晴れとなり、行楽日和。5/30のゴミゼロの日にちなんで、クリーンアップをするのも良さそうなところだが、品川駅のこの手のイベントにはつい足を運んでしまう。行楽という程のものではないが、ちょっと足を伸ばすには手頃である。

 宴会列車や現役を退いた車両が披露されることが多いが、前回は五能線を走る特急列車「リゾートしらかみ」の紹介。今回はやはりデビューを控えた新しい寝台特急「サンライズ エクスプレス」と新型車両を擁した「夢空間 北斗星」の展覧イベントである。筆者は元来、車両や列車編成にはあまり関心がないので、いわゆる鉄道マニアとは一線を画しているつもりでいる。(鉄道好きなのは、沿線の地理や地誌との関係や駅名や停車駅に関してである。つまり、なぜこういう駅名になったのかとか、なぜこの駅に特急が停まるのか、といった類である。鉄道実用マニアとでも言おうか。今後は環境問題もテーマに加えられればと思っている。) なので、この手のイベントで集結するマニアの方々に対しては、同感できる部分もあるが、親近感を持てないというのが本心である。何せ関連グッズを物色する様はどこかのバーゲン会場さながらだし、車両をカメラに収めるのに躍起になる様はこれまた芸能カメラマンさながらで、要するにそこには公共心が見られないのである。一般に広く開放されるべきイベントがマニアの私物と化しかねない点が何ともやりきれない。鉄道への愛着を示すのは、何も珍しいカードや切符、貴重な写真を手に入れることで果たすばかりではない筈。物的な満足よりも純粋に鉄道に乗る、車窓の景色を楽しむ、それも愛着のうちだと思うのだが...

 話を戻す。「夢空間 北斗星」だが、最後尾車両を遠目に見た時は、大分県を走る「ゆふいんの森」号かと思いきや、ここは東日本。色合いや風貌が似ていたので見紛うてしまった。5/30・31の2日間、専用のダイニングカーに3,500円でスペシャルランチ招待という企画があり、その車内広告を覚えていたので、広告に載っていたのと同じ車両と後からピンと来た。これまでの寝台特急とは打って変わって、何というかヨーロッパ調なのには驚いた。この車両だけとれば、日本版オリエンタル急行といった趣である。スペシャルランチの方は、平日のみの電話受付でしかも先着順。数がかなり限られていたので、すぐに予約完了となったようだ。(当方も広告を目にした翌日にトライしたが、何度かけても話し中という有様。ハガキ申し込みで抽選の方がよかったように思う。) 電話予約が成立した幸運な方しかこの車両には入れないので、拝めるのは外見だけなのが残念なところ。しかし外からのぞきこまれるランチというのはいくら幸運と言っても、ちょっと気の毒である。

980531.jpg さて、今回の「ブルートレイン・フェスティバル」。目玉はやはり、7/10にデビュー予定の「サンライズ エクスプレス」だろう。「夢空間 北斗星」は先述したダイニングカーとその隣りのラウンジカーを除けば、外観はまさしく「ブルートレイン」なのでインパクトは弱めだが、「サンライズ」の方は、全車両一貫して新しいデザインなので、マニアならずとも唸らされる。車内の見学はすでに長蛇の列で待ち状態になっていたのであきらめ、外側から中の様子を見る。個室部分はさしずめ少々値の張りそうなビジネスホテルの部屋を並べたようなつくりである。又、全体的に丸みを帯びているので、くつろぎ感がある。寝台列車と呼ぶに相応しい車両だと思った。パンフレットを見ると「朝焼け感」をイメージした色調とあるが、見た目はクリーム色基調であずき色の帯。ともかく寝台特急=ブルートレイン、とはいかなくなる訳だが、これもブルートレイン扱いになるのだろうか。ブルーは車両の色にかけるよりも、夜の深い青に喩えた方が良さそうだ。岡山から山陰~出雲市をめざす「サンライズ出雲」と瀬戸大橋~高松をめざす「サンライズ瀬戸」に二手に分かれる編成。出雲をめざすあたり、サンライズのイメージになかなかマッチしていると思う。7/10(金)22:00東京発、実際に走る姿を見に行くのも面白そうだ。

 それにしても、こんなことを思うのはやはり筆者も鉄道マニア故なんだろうか? (自宅ベランダから東北・上越・長野行き・山形・秋田の各新幹線を眺めて悦に入っているあたり、マニアと指差されても致し方なさそうである。)

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 1/8の雪も激しかったが、今日1/15のこの雪の降りようはどうだろう。朝から降り続いて、弱まるどころか勢いを増すばかりである。西から大風もやってきて、風雪状態になり、夕方がピークだと言うからたまったものでない。休日だったからまだよかったものの、外出していたらと思うと、背筋が凍りそうだ。(この荒天の中を働く方々、出かけざるを得ない方々には、敬意を表すばかりです。)

otoshidama-free.jpg 1/1はJR東日本の正月サービス「お年玉フリーきっぷ」を使って、列車の乗り継ぎで1日を過ごした。大宮から長野行新幹線で終点まで、長野からは、特急みのりで3時間かけて新潟まで、新潟からは酒田の手前、余目まで特急いなほに乗り、余目から山形までは快速月山で、といった具合。長野県に入れば雪景色が拝めるだろうと期待していたがそれがさっぱり。黒姫、妙高高原あたりでやっと雪にお目にかかることができ、新年初雪!などと喜んでいたのと裏腹に、この東京での隔日での雪三昧には感動を通り越して、うらめしさすら覚える。直江津から新潟、そして余目までの日本海沿いは、雪一色だろうと思っていたのが、豪雪の地であるはずの長岡ですら、雪を見ることがなく、村上から北にかけてようやく雪混じりの天気になった程度。今年は暖冬だし、雪は少なそうだ、なんて考えていたのが嘘のようである。余目から新庄に向う最上川沿いの雪渓が思い出される。自宅裏手の荒川河川敷も人の姿は皆無で、ひたすら真っ白だからそれなりの情感を湛えているものの、やはり最上川の森厳とした雪景色とは訳が違う。明日は止むだろうか、といった不安をかきたてるばかりの風景である。

 北国・雪国の人からは一笑に付されそうだが、雪に弱い首都圏の有様は目を覆うばかり。1/8は憂き目に遭った。渋谷を21:00に出たところ、山手線は超満員。逆方向に一駅戻ってから乗り込み、おまけに席を確保することもできたので、これはもう行けるところまで行くしかないと決め、本来なら新宿で埼京線に乗り換えるところを、そのまま乗って池袋をめざした。ところが高田馬場駅に着いてから動かない。車内アナウンスが原宿駅付近での倒木事故を伝える。明治神宮の敷地の木が倒れて、架線を切ったらしい。乗り換えミスと悔やんだところで仕方がない。山手線上下とも止まってしまったので、振替で営団地下鉄東西線~南北線と乗り換え、王子をめざすことにした。どうにか、王子まではすんなり来れたのだが、その後がまずかった。京浜東北線が来ないのである。これは後で知ったことなのだが、何でも鶴見付近でやはり架線事故があって、立ち往生したそうである。その立ち往生列車を待っていたので、30分以上も雪の映える飛鳥山の森を見て過ごすことになってしまった訳である。(おそらく、事故が発生してから復旧するまでの長いインターバルを駅でひたすら待ち過ごした人もいたんだと思う。) これまでに体験したことのないような満員列車に揺られ、赤羽に着く。さて、埼京線だが、夜分のせいもあり、これまた来ない。やはり30分程待たされて、自宅に帰りついたのは、実に23:30だった。ふだん渋谷から自宅最寄り駅まで通しで乗った場合、たかだか20数分だからおそろしく時間的回り道をしたことになる。多分、新宿で乗り換えていたら、遅くとも22:00には着いていただろう。大手町で15cmと発表された東京の「大雪」がもたらした交通マヒのこれはほんの一例である。

 何よりひどいのは、田町を21:00に出て、小田原に朝の6:00に着いたという社内の知人の同僚の話。これは東海道本線の普通列車が横浜駅手前1kmあたりで、立ち往生したものの、それが架線断線が原因ということを車掌、駅員何ら把握しておらず、あいまいなアナウンスで乗客を4時間以上も車内に閉じ込めてしまった、という事故にその人は巻き込まれてしまった。田端にある管制室に各線区からの事故情報が集中したために、全てを処理しきれず、列車の適切な運行を指示できなかったことがこの事故を招いたと、報道番組がふれていた。線路内に降りることを制止し続けた結果、身動きがとれなかったこの時の乗客は、結局、手動で扉を開け、横浜駅まで線路伝いに歩き、待合室で眠る、長蛇の列に耐え、タクシーで家路に着く、といった顛末を余儀なくされた。横浜駅に着いた頃には、振替手段になる他の鉄道は終電もなくなっていた訳だから、その時の心情たるや察するに余りある。情報の分散処理の必要性と、指示が来ない場合に求められる本当に必要な状況判断と勇断の大切さを感じた。

 雪に弱い首都圏だからと嘆くより、それを承知の上で、自らでリスク管理する必要も欠かせないと思う。もし同じような事態になった時、自分の判断で手動で扉を開け降車を試みるのは、リスク管理の観点からすれば当然と言っていいかも知れない。

 全国の地下鉄で南北線というと、札幌と仙台を走る線が思い起こされる。特に札幌の南北線は、東西・南北に整然と格子をなしている道路の下を走るため、名の通り南北線と呼ぶにふさわしい。が、東京のそれは確かに北と南を結ぶゆえ、南北線には違いないにしても、あっちで曲がりこっちで折れして、南北蛇行線とでもいった趣である。

 さて、その南北線が南?(今回は正確には南東)へ向かって新たな路線を開いた。赤羽岩淵~駒込で始まった区間があれよあれよで四ッ谷まで南下し、とうとう今回、これまで鉄道空白地帯だった溜池に、銀座線のタイアップのおまけつきで、新駅開業+起点の延長にこぎつけたのである。溜池と言えば、首相官邸や、アークヒルズの近所という印象が強いが、古くから山王(山王下)という由緒ある地名もあって、駅名ではいろいろもめた経緯がある。当初の溜池駅から溜池山王駅になったのには、それ相応の理由がある訳だ。(他にも、半蔵門線の水天宮前(最初は蛎殻町だったが、箱崎にしたいとの案が出て、紛糾)や新幹線の合成駅名(水沢江刺、燕三条、安中榛名等)が妥協の産物型駅名として名高い?)

tameike-sannou.jpg 何かにつけ初日に目がない筆者は、早速、会社帰りに渋谷から銀座線に乗り込んで、わざわざその溜池山王に向かうことになる。赤坂見附と虎ノ門の間は、都心にしては珍しく駅間が長いことで有名だった。ようやくそのほぼ中間に駅ができた訳だが、試しに赤坂見附~溜池山王の所要時間を計ったら、一分余りであった。表参道~外苑前と同じような感覚(間隔)である。ホームに降り立つと、およそ往年の銀座線の駅とはかけ離れた明るさに広さ。しかし見渡すと上り階段がない。何と改札と出口が下り階段を降りないと出てこないという、銀座線(地下浅くを走る路線)ならではの仕掛けには驚かされた。(もちろん表参道など他にもあるが) 開業時につきものの記念スタンプを押して、改札を出る。改札付近には駅員が何人かいて、乗客の問い合わせにまめまめしく応じている。これまた開業時ならではの光景である。

970930_2.jpg とりあえず溜池交差点に出てみる。しばらく見ぬ間に、首相官邸を取り巻いていた木々がなくなり、きれいな建物が代わりに肩を並べている。首都高速のガードも化粧直ししてあるし、チェーン系の飲食店もいくつかできている。新駅ができるとずいぶん華やぐものである。地元商店会などは、開業記念セールに余念がないようだ。貼り紙が店先を賑わしている。ふと国会議事堂方向に目を向けると、ぽっかり土地が空いていて、何やら基礎工事をしている。そう、ホテルニュージャパンがあったところである。山王共同ビルというのができるらしい。その隣が日枝神社で、いわゆる山王にあたる。交差点とバス停は溜池だから、両方とって溜池山王でよかったんだな、と妙に納得してしまった。

 アークヒルズへ向かう一筋の地下通路ができていた。動く歩道がないから、距離感を感じる。が、雨風の心配なく、地下鉄で通えるようになれば申し分ないだろうと思う。その通路を背にして、帰りは、めでたく延伸した南北線に乗り込む。ホームに着いてはっとしたことがいくつかあって、まず、降車用と乗車用と番線が分かれていること。着いた列車はいったん回送になって、車庫に入るとのアナウンス。確か四ッ谷までだった時は、着いたらそのまますぐ乗れたと思ったが。南北線も箔がついたものである。お次は、乗り換え案内の表示。これまでは営団各線の色分けしたカラーマーク(ドーナツ状の円)が矢印と一緒に表示してあるだけだったが、何とその円の中に乗り換え線のホームまでの距離が記されている。赤丸の丸の内線は470m、緑丸の千代田線は140mとなっている。これは名案だと思った。そして、極めつけはホーム外壁の「アートウォール」。日本の四季折々が伝統的画法によって壁いっぱいに繰り広げられている。粋なものである。乗り込むと今日はこのまままっすぐ一本。28分で終点、赤羽岩淵に着いた。

970930_1.jpg これで「溜池山王<->赤羽岩淵」という四文字駅名を起点・終点に持つ何とも重厚な路線になった南北線。溜池山王からは、さらに目黒まで延び、現・東急目蒲線に乗り入れ、多摩川園まで。多摩川園からは、そのまま東急東横線につながり、横浜へ。横浜から先は何とみなとみらい21線という新地下鉄に乗り入れて終点は、元町中華街(これも妥協の産物駅名になる予定)というから、南がかなり極まる格好になる。一方、北に目を向けると、赤羽岩淵から、90度カーブして、目指すは川口東部と鳩ヶ谷市以北。赤羽岩淵から浦和大門までの区間は埼玉高速鉄道という第三セクター路線に乗り入れることで、北も極まるようになる。営団地下鉄南北線自体は小粒でも、相互乗り入れの集大成で、東京を貫く南北の動脈ができあがる訳である。北赤羽に住む筆者としては、赤羽岩淵からそのまま素直に掘り進んで、JR埼京線の北赤羽駅とのアクセスができればすばらしいなどと思ってしまうものの、やはり北進を考えて、90度カーブさせるプランに敬意を表することにした。赤羽岩淵までは徒歩約15分だから、まぁいいかの心境である。この東京23区の北の端から、電車一本でランドマークタワーやマリンタワー、そして中華街にも行けるようになるというのは、考えてみれば凄いことである。早く「元町中華街」行きとやらに乗ってみたいものだ。

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