随筆「東京モノローグ」アーカイブでタグ「音楽」が付けられているもの

 ここんとこ硬めの話で長文続きだったので、ちょっと話題を変えてお手軽・手短に音楽ネタで一本。

 筆者が小学校中学年の頃(70年代後半)と言えば、いわゆるアイドル全盛の時代で、テレビの歌番組も目白押しだった。小さい頃から国内外問わず、都市の人口・河川の長さ・湖沼の大きさ等々の統計やその順位を眺めるのが大好きだった筆者は、いつの頃からか歌謡曲の売れ具合のランキングに着目するようになり、当時数ある歌番組の中でも、TBSの「ザ・ベストテン」を毎週欠かさず視聴するようになっていた。特にどの歌手が贔屓、ということはなかったが、誰それの何て曲が何位だった、というのを覚えているのがとにかく好きで、そのおかげで教室でも常に歌謡曲の話題にはまず遅れをとることはなく、むしろリード(?!)していたような気さえする。アイドル歌手はテレビに出てこないと商売にならないから、ランク入りしている限りは間違いなく登場して、出てくればほぼフルコーラス歌って帰るから、当時のアイドル歌謡曲は大体覚えることができた。そうした曲は、単に諳んじているだけの他愛ないものばかりでなく、いわゆる「アイドル歌謡曲」でもイイ曲は良かった訳で、小さいながらに鑑識眼ならぬ鑑識耳を養っていたような気がする。印象的だったものをいくつか挙げると、

 「夏に抱かれて」:岩崎宏美、「林檎殺人事件」:郷ひろみ&樹木希林、「ブルースカイブルー」:西城秀樹、「サンタモニカの風」:桜田淳子、「LOVE(抱きしめたい)」:沢田研二、「女になって出直せよ」:野口五郎、「波乗りパイレーツ」:ピンクレディー...

 曲の中味などちっともわかってなくて、単に曲調が良かったから覚えているようなところがあるような。曲名だけ見ると確かに歌謡曲ならではの艶めかしいのもあって、歌詞に到っては尚のこと。小学生が聴く曲か、と今更ながら慨嘆してしまうのであった。

 さて、歌謡曲全盛にあって、当時もう一つ全盛にあった(ランキングに派手さこそなかったが)のが、いわゆるニューミュージックの数々である。それらはCMでは聴くけれど、とうとう「ザ・ベストテン」では聴けなかった、というパターンが多く、聴けないものだから出し惜しみ効果というか、余計駆り立てられるものがあったのをよく覚えている。歌謡曲は歌謡曲でよかったが、そんなテレビで聴けないニューミュージックには神秘性があり、違う良さを覚えた。ラジオとかでフルコーラスかかると、結構感激したものである。

 80年代初頭も入るが、一例を挙げると、

 「ひとり上手」「悪女」:中島みゆき、「順子」:長渕剛、「風を感じて」:浜田省吾、「守ってあげたい」:松任谷由実、「季節の中で」:松山千春、「初恋」:村下孝蔵、「時間よ止まれ」:矢沢永吉、「RIDE ON TIME」:山下達郎...

 などである(どの曲もベストテン入りしたものばかり)。ちなみに「時間よ止まれ」「季節の中で」はEPレコードを買ってもらって、自宅でちょくちょく聴いていたので、テレビでは聴けずとも、曲をマスターすることができた。最初に針を落とした時の感動は何とも名状し難いものがある。

 こうしたニューミュージシャン(=シンガーソングライター)は、歌謡曲とは一線を画されるべきもの、という自負があったり、テレビで流れることによって自身の音楽が商業的に消耗品化するのを嫌悪したり、といった理由で出なかったと記憶している。「季節の中で」が1位になった時、訛りながら「これが最初で最後だ」と言っていた松山千春がその通り1回限り(レコードと全然違う歌い方・声でビックリしたのでよく覚えている)、長渕剛、村下孝蔵も弾き語りで1回、松任谷由実も「守ってあげたい」と別のもう1曲で確か2回出演したくらいで、中島、浜田、矢沢、山下はとうとう「ザ・ベストテン」には出演しなかった。結構延々とチャートインしているのにちっとも出演が叶わない訳だから、番組としても手を焼いただろう。ニューミュージシャンが出演しない時は決まって、顔写真か何かを手に、久米宏氏が頭を下げていたのを思い出す。「粘り強く出演交渉中」とか言っていたが、生出演にこだわらなければ、何とかなったように今は思える。

 一方、同様にシンガーソングライターでありながら、よく出てきたのは、さだまさし、原田真二、八神順子などである。さだは別として、自称ミュージシャン、自称アーティストといった感じの人は自分で作詞作曲をしながら、自作の映像化やパフォーマンス性も視野に入れていた、ということなんだろうか。そうであれば大したものである。

 当時出演しなかったミュージシャンが90年代になってから、続々とテレビ出演し出しているのは皆さんご承知の通りである。いまだに「同世代の人たちとの距離を遠ざける訳にいかない」という揺るぎ無い理由でテレビに出てこないのは、山下くらいなものである。頑固としてテレビ出演を拒み続けていれば、当時の神秘性や曲の良さもそのまま封印できたのに、堰を切ったように出てきてしまったもんだから、何となく興ざめでもあり、当時のいい意味での反骨性も褪せてしまった感じがする。昔からのファンの人たちはそのあたりどう感じているのだろう?

 山下達郎のFM番組を聴いていたら、TOKYO FMが開局30周年を記念してスペシャルイベント(コンサート)をやるとの告知が流れ、何とご夫人、竹内まりやが出演し、バックの演奏の指揮(いわゆるバンマス)を達郎氏が行うと言う。しかし、よくよく聴くと竹内単独ではなく、cannaとSING LIKE TALKINGとのジョイントだと言うので、さほど盛り上がらず、チケットも買わず、実は最初は放っておいた筆者であった。その後の番組の告知で、チケット完売?ととれる話が出たので、「ま、今回はいっか」と見送っていたのだが... 時おいて、新宿のとあるチケットショップを覗いてみたら、1枚7,500円のところ、7,000円で売り出されているのを発見。これも何かのご縁、とすっかり色めきだったのだが、7月11日というのが仕事の佳境にぶつかりそうなので、様子を見ることにして、ひとまずお流れ。しばらくしてまた覗いてみたら、今度は一気に6,000円に値下がり(つまり2割引)していたので、仕事はさておき「よし買いだ!」と思ったら、所持金が...。(^^; 日曜日、ちゃんと現金を準備して駆けつけたら、今度は閉店時間を勘違いしていてまたしてもお流れ。という訳で、流れ流れて7月11日(火)当日、午前中は仕事で成増方面に行くことにしたので、その足で新宿に寄り、やっとの思いでGETした、という一波二波のチケット入手劇と相成った。当日まで売れ残っているとなれば6,000円からさらに下がって5,000円か、と仄かな期待もあったが、そこまでは甘くなかった。それでも売れっ子某のプラチナチケット○○万円なんてとんでもないに比べれば何とありがたいことか。

000711.jpg 武道館にはこれまで「EARTH VOICE」という1回限りのジョイントライブ(詳しく書くと長くなるので省略するが、タイトル通り、環境保護をテーマにした半ばチャリティコンサートみたいなものである)と坂本龍一のコンサートで足を運んだくらいで、今回でやっと3回目。何とか仕事の区切りがついていたので、開演時間18時30分の10分前の到着で間に合った。チケットが入手できたのは、天の思し召しといったところだろうか。

 この手のジョイント形式だと、途中で一緒にセッションしてみたり、最後に全員総出で有名曲の合唱、というのがお決まりなのだが、この日のライブはそれぞれが分離(つまり3本立て)していたので、ある意味、良かった。cannaは達郎番組で時々かかっていたので、全く未知ではなかったが、2人組でアコースティック調なので、いま流行の「ゆず」「19」みたいなもの。あまり面白味はなかったが、7曲やって40分。前座にしては長丁場だったので、それなりに力はあるんだと思った。

 お次のSING LIKE TALKINGはボーカルの佐藤竹善がかつての達郎コンサートでバックコーラスをやっている時に見ていた他、SING LIKE TALKING自身、一度ライブに行ってもいいかな、と思っていたくらいなので、期待に違わず楽しめた。ドラムを叩いているのが熟年風のオジサンだったので、「まさか」と思っていたら案の定、村上"ポンタ"秀一氏。心憎い限りである。cannaと比較するのは酷だが、やはりスケール(ボーカルと全員コーラスで聴かせる技量は圧倒的だった)や音の色艶では明らかに差があった。こちらは6曲、50分。

 18時40分過ぎに始まって、3本のうちの2本が終わって20時20分。約20分の休憩中、ひたすらステージ替えが続き、いよいよメインの第Ⅲ部を迎えた。場内の盛り上がりはこれまでとは俄然違っていて、何となく達郎コンサート風のノリ(皆、着席しているが、随所で異様な歓声が上がるというお決まり)になってきたのには正直驚いた。

 さて、一曲一曲文章で書き綴っていくとややこしいので、例の如くまずはリストアップする。(時間はおおよそである。)

20:39
  |  アンフィシアターの夜(V)
20:42
  |  家に帰ろう(Q)
20:47
  |  Forever Friends(Q)
20:53
  |  マンハッタン・キス(Q)
20:57
 (MC)
21:01
  |  五線紙
21:05
 (MC)
21:09
  |  元気を出して(R)
21:14
  |  カムフラージュ
21:19
 (バンドメンバー紹介)
21:26
  |  プラスティック・ラブ(V)
21:32
 (MC)
21:35
  |  駅(R)
21:41
 (Encore)
21:44
  |  リンダ(アカペラ)
21:47
  |  不思議なピーチパイ
(21:49)メドレー
  |  セプテンバー
21:52
  |  J-BOY
21:57
21:58
  |  Let It Be Me(デュエット)
22:00

※V:「VARIETY」(84年)、R:「REQUEST」(87年)、Q:「Quiet Life」(92年)からの選曲。

 1曲目「今夜もお客は満杯~♪」とまさにライブ向けの曲。1984年の「VARIETY」に入っている曲、とまではわかったが、しばらく聴いていなかったので、曲のタイトルがわからず、それを思い起こすのに頭を使っていたら、あっと言う間に2曲目になってしまった。時間を見てわかる通り、1曲あたりの時間が短い(というよりアルバムに入っているのと同じサイズ)なのがわかると思う。これは曲数を優先し、1曲でも多くお聴かせしたい、という本人の意思の表れだったのだろう。堂々の80分、実に14曲である。何しろ、ゲスト出演を除いて、本人のネームでステージに立つのは18年7カ月ぶり、ということだから、相当なブランクである。そんな隔たりを全く感じさせないところが流石。十二分な出来だったことは間違いない。18年の間に出た「VARIETY」「REQUEST」「Quiet Life」の3枚、33曲はこれまでステージでは演奏されたことがない訳だから、どれを演っても初めて。そして旦那の山下がバックを務めるのも初めて。当然夫婦でステージに並んだり、一緒に歌ったりというのも初めて。初モノ尽し、という訳である。よく考えると実に貴重なライブだったと今更ながら感慨頻りである。

 さすがに出だしの何曲かは、歌い出しをトチリかける場面があって、こっちもヒヤヒヤ。最初のMCも堅さが目立って、会場全体がカチコチになってしまった感じだった。某誌でカリスマ主婦として紹介されて苦笑した話、エリック・クラプトンが来日した際、神戸牛をご馳走になった話などしつつ、「口調が達郎調になってしまった」なんていうくだりで会場が沸くとようやく解凍したようで、「五線紙」ではリラックスムード(ゴンチチみたいな感じで実に良かった)、「カムフラージュ」に至っては、すっかり声量が増して、聴き応えがあった。「プラスティック・ラブ」は山下自身がコンサートでカバーしているので、どんな演奏になるかと思ったら、竹内の原曲に忠実な感じになっていたので、達郎本人が演る場合と人のバックで演奏する場合では違うものなんだなぁ、と妙に感心。もちろんギターのカッティングや終わりの方のコーラスのかけあいなどは、達郎バージョンだったが、この曲の後で一休みが入って「駅」になるあたり、抑えが利いた「プラスティック・ラブ」だったことがわかる。(あのまま山下のおなじみ絶叫コーラスでの盛り上がりを活かすなら、ダンサブルな曲(「夢の続き」「COOL DOWN」「今夜はHearty Party」など)を続けて、ノリノリでアンコール、というのも良かったと思う。)

 余談だが、「プラスティック・ラブ」はかつて12inchシングル用?のレコーディングがされて、10分ものロングバージョン(→参考*1985年参照)があるので、ライブではてっきりそういう展開もありかな、と思ったが、結局6分だったのがちょっと残念だった。曲が次々に変わるあたり、歌謡ショー(「竹内まりや オンステージ」)のような印象もあったが、山下のことだから、ともすると1曲あたりを長々とアレンジしたいところをあくまで「バンマス」としてグッとこらえて、18年ぶりにステージに立つ妻への配慮、そして顧客(ファン)へのサービスを優先した結果と考えれば、これは全く以って文句はないのである。

 「不思議なピーチパイ」「セプテンバー」ともにアイドル歌手?!時代のヒット曲だが、達郎アレンジで聴くのは本邦初。昔を知るファンにとってはこれほどのサービスはないだろう。1階アリーナ席は総立ちに近い状態。「J-BOY」はかつてのコンサートでも定番だった曲だから、その盛り上がりようは言うに及ばず。ラストの「Let It Be Me」はEverly Brothersの1960年の曲で、山下・矢野顕子のライブバージョンでは知る人ぞ知るだが、夫婦デュエットはこれまた本邦初。最後の最後にイイのを持ってきたもんだと思い、聴き惚れてしまった。しかし、夫婦並んでみると、ちょっとヒールが高めとは言え、竹内の方がちょっと背高だったので驚いた、山下は172cmの筈だから、竹内も170cmはありそうだ。ともあれ本人を直に見るのは初めてだったが、ジャケットで見るのと同様、モデル体型で見目麗しかったのでかつての「ミス慶應」といのを納得した次第。ただ地声が低音で話し方がちょっと不良っぽいもんだから、女帝よろしく迫力があって、そのギャップがまた面白くもあり...

 全て終わってふと見回すと、女性客の中に涙目の人をちらほら見かけて、このコンサートの重みを改めて実感した筆者であった。「TOKYO FM 開局30周年」に祝意を表しつつ、このコンサート企画に感謝申し上げます。

 巷では第何次ブームと言っているか知らないが、今の音楽界はどこを見てもバンドバンドで、一つのブーム期にあることは異論ないだろう。そうしたバンドに加えて、様々なタイプのグループも増えてきて、今では楽曲名なのかグループ名なのか、どっちがどっちだかわからないケースが増殖している気がする。(昔々、「レベッカ」が歌う「フレンズ」か、「フレンズ」が歌う「レベッカ」か、なんて笑い話があったが、今となってはこれは全然軽度な話である。)

 最近で訳がわからないのは、Do As Infinity、ちょっと前には、Say A Little Prayerなんてのもあって、これらは直訳すると、「こどものようにやってみよう」「小さな祈願者と言って」(?)となり、まるで意味不明である。曲のタイトルと間違われても文句は言えないと思う。あんまりグループ名が長いので、略して呼ばれてもよさそうだが、こういう英語構文だとどうしようもない。こうなると、仮にヒットが出てもそれ一発限りで、グループ名ともども記憶から消え去ってしまうのではないかと要らぬ心配をしてしまう。

 息の長いミュージシャンになりたいという願いが本人達に、そして息の長いミュージシャンを世に出したいという想いが音楽業界にあるのであれば、たとえ意味不明なネーミングでも、短縮形にできるもの、加えて短縮形でそれなりにしっくりくるものを考えるべき、と思う。そういった経験則が仮にあるのであれば、必然的に納得のいくネーミングが増えてくると思うのだが、相変わらず手前勝手なネーミングが減らないのは残念だ。

 ミスチル、ドリカム、マイラバあたりは、フルネームを想い起こせる人も多いだろう。ネーミングに妙があり、音楽に相応の普遍性があり、その融合がうまくいっている証拠なんだと思う。略して呼ばれるようになるのは、メジャー入りの証しというのはもっともだと思うが、それにはまず短縮できるネーミングがあってのことなので、普遍性ある音楽ができる人達は、名前にも普遍性を考えている、という法則も成り立ちそうだ。これに似たような短縮形ネーミングとして近年では、ジュディマリ(Judy & Marry)、ブリグリ(the Brilliant Green)、ヒスブル(Hysteric Blue)、サムエル(Something Else)、イエモン(the Yellow Monkey)などがある。どれも短縮形だけ聞くと何のこったかわからないネーミングだが、まぁ親しみは持てそうだ。これらは、言うなれば2つの語の頭をくっつけた例で、最もポピュラーな短縮方法と思われる。

 よく考えると、古くからクリキン(クリスタルキング)、スタレビ(スターダスト・レビュー)、チャゲアス(CHAGE & ASKA)、スカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)、プリプリ(プリンセス・プリンセス)などがあるのだが、それほど数多く思い出せないことから、長いネーミングが増えてきたのはやはり最近のことなんだと思う。(余談だが、ピンキーとキラーズを「ピンキラ」、殿様キングスを「トノキン」、もんた&ブラザーズを「モンブラ」、ナイアガラトライアングルを「ナイトラ」なんて言うのは聞いたことないから、短縮できてもなじまない場合もある点、注意が必要だ。)

 では、次の短縮形はどうだろう。「ドリフ」「サザン」「ラルク」... これらは、先頭だけを縮めたものだが、頭が3文字で言い切れる場合に用いられることが多いようだ。逆を言うと、ラルク・アン・シエルを「ラルシエ」とは誰も言わないから、2語の頭をつなげばいいと言う訳ではないのである。3文字で効率よく名前を覚えてもらえるという点では、先の2語合成の例よりはもしかすると優れているかも知れない。

 もう一例。YMOは有名だが、ELT、SLT、TPD、TMN、TMR、と来ると、どれだけの方がフルネームを思い起こせるだろうか。それぞれ、Every Little Thing、SING LIKE TALKING、東京パフォーマンスドール、TMネットワーク、TM-Revolutionだが、これではまるで、世界の空港の短縮形みたいなものだ。実際に広く略称が通用している場合とファンの間だけで通称となっている場合とがあると思うが、ただ長いだけで覚えられない名前よりは余程いいように思う。(そう言えば、サザンはSASでも通用する。大物はいかようでも略され、浸透してしまう、ということだろうか。)

 という訳で、ここんとこ新人を乱発ぎみの音楽界に疑問を投げかけつつ、ネーミングについて考察してみた。昔のバンド名やグループ名は明瞭明解なのが多かったなぁ、と思うものの、最近は誰でも好きな名前で出られるようになって、いろんな人からいろんなスタイルで支持されて、そんな多種多様かつ混沌とした世界の方が実は望ましいのかな、とも思う筆者である。(それにしても、ヒットチャートを見ていると、ネコの目状態でとても覚えきれるものではないですねぇ。)

 蛇足ながら、「エレカシ」は「エレファントカシマシ」である。第59話で「赤羽」について書いたが、例の「アド街ック天国」の掲示板は瞬く間に、この「エレカシ」ネタで埋まってしまっていた。(ビックリ!) 何でも主なメンバーの出身が赤羽(リーダーは赤羽台団地)と言うことである。ファンの後押しもあって、番組の赤羽ベスト10では、エレカシは堂々10位にランクされていた。

 さらに蛇足を書かせてもらうと、筆者予想と番組でのベスト11の対比は下記の通りとなった。6つ当たって、5つハズレである。(番組上位5位までは言い当てたから、まぁいい方かも知れない。)

筆者予想 → 番組での順位

  1. → 1.赤水門・青水門など荒川関係
     これは大当たり! 番組で荒川知水資料館が出て来なかったのはちと不満。
  2. → 4.一番街(まるます家など名物店)
     番組では、まるます家が単独扱いで4位だった。
  3. → × アピレ・ビビオ・イトーヨーカ堂
     番外でちょっと紹介があった程度。ランク外とは予想外。
  4. → 2.すずらん通り
     一番街とLa Laガーデン(スズラン通り)のセットで2位扱い。
  5. → 3.小山酒造(丸真正宗)
     番組では堂々の3位。
  6. → △ 赤羽らーめん
     満月が16位に入っただけ。他のラーメン店はランク外。
  7. → 9.カトリック教会
  8. → × 赤羽緑道公園~赤羽自然観察公園
  9. → × 消費者金融
  10. → × 星美学園・八幡神社
     番組での6、7、8位は、ハリウッド(キャバレー)、平沢かまぼこ店、大竹麺機だった。意表を衝かれた感じである。
  11. → 5.カルビー
     カルビーが5位! ちょっと意外だった。

 有線放送に加え、衛星を使ったBGM専用放送まで現れて、専用のチューナーを置く店が増えているのだろうか、どこへ行っても様々な音楽が耳に入るようになっている感のある最近の街中。自分で持ち歩く音楽の他に、行く先々で音楽浸けになる事態は果たして歓迎すべきかせざるべきか。

 一人で黙々と本を読んだり、買い物したり、食事している分には、いくらでも聞き流せるのでさしたる影響はないのだが、複数の人と会話しながら、飲食したりする向きには、どうも雑音になってしまうことが多いようだ。

 「みんながみんなとつながるボランティア・ネット」(ViVa!)のちょっとした打合せ(と言っても雑談目的)で入った西武新宿駅近くの店では、とにかくレゲエの類が延々と鳴り続け、とても話し合いができる状態ではなかった。重低音がやたら大きく、ズシズシと鼓膜を刺激する。いくら近頃の若者がボキャブラリー不足で、大した会話もしないから影響がないだろう、とは言っても、物事には限度がある。(この店を選んだのは、得意?!の「新宿ウォーキングマップ」の優待特典につられてのこと。雑音の代償を兼ねてか、さんざ飲み食いしたのにお一人様600円程度で済んでしまった。この月の優待割引率はなんと50%だったが、翌月チェックしたら、20%程度になっていた。我々の利用に懲りたのか、ともかく変な店である。)

 妻の誕生日祝いで、これまた特典につられて入った池袋の店にもタマげた。上記同様の重低音攻撃で、会話も何もできやしない。たまらず店員に談判したら、素直に応じてもらえ、音が小さくなったのに加え、照明のトーンが落ち、音楽のジャンルも変わってしまったのには驚いた。それならはじめからそうしてくれればいいものを、と思ったが、要は何事も相談してみるものである。

 これらは、音が大きいことによるBGMの弊害。もう一つの弊害は、聴きたくもない曲がかかることによるストレスである。これは一人だろうが複数だろうが関係なく、たまらず逃げたくなるものである。

 第39話でどんぶり屋の紹介をしたが、メジャーでないどんぶり屋に入ると、売れない歌手のB~C級の音楽がかかっていることが多い。たまにはいい曲もあるが、たいていは歌詞も曲も不明、かつ聴くに堪えないものがあり、ゆっくりどんぶり飯を味わっていられなくなってしまうから悩ましい。立ち食いそば屋の類は客層を考えてか演歌が多いが、いくら空腹で、旨そうなセットメニューなどがあってもド演歌がかかってたりすると、つい踵を返してしまう。つまらない理由かも知れないが、なかなか食事にありつけないこともしばしばな筆者である。

 近頃はやりの100円ショップでもマイナーな店ほど、やはりB~C級の音楽がかかることが多く、聴いているとだんだん落ち着かなくなって、買い物途中で店を出てしまうから、BGMも一長一短、考え物である。BGMのせいで客が寄らない・逃げ出す、なんてことになると、これはまずその店の問題ではあるが、仮に有線や衛星経由のものを使っているなら、BGMを提供する側にも問題があるように思う。

 聴きたくない曲が大音響でかかったら、それこそ失神ものである。時間を拘束されない店ならいいが、飲食店、さらには理髪店でこうした目に遭ったら、たまったものでない。

 さて、筆者の職場の近所に、知る人ぞ知る環境系喫茶がある。環境系なので、BGMも当然エコロジカルかつヒーリング系なので、何事もなければ心地よいのだが、一つ困ったことがあった。定例的に店を一部借り切って、天然素材を使った楽器を作るワークショップが開かれる、というものだ。オーナーはナチュラリストな点はいいのだが、どうもワンマンっぽいところがあって、客のことに頭が回らないらしい。こっちが人を集めてちょっとした打ち合わせをしているのにお構いなく、グループで楽器の試演をしてしまうのである。せっかくのBGMも台無しな上、練習レベルで好き勝手に音を出すもんだからちっとも癒しにならない。これまたViVa!の雑談会の時だったので、やむなく途中で引き上げさせてもらった。打合せに使っていけないなら、その旨、書いておいてほしいものだ。客を大事にできなくて、自然や環境に思いやりを示せるのか... 大いに疑問を感じたものである。この件以来、同店には足を向けていない。電気的なBGMの弊害は先に書いた通りだが、これは手作りのBGMであっても、時と場合を弁えないと、ありがたみがなくなってしまう、という事例である。

 今年の横浜・こどもの国の「アースデイ・フェスティバル」もこれと似たような事態を招き、歌と踊り関係の一部のパフォーマー・出演者に迷惑がかかってしまった。環境を考えた音楽なのに、その音量の大きさと他者への配慮が足りなかったことにより、不調和を招く結果となってしまった訳である。客のこと、他人のことを考え、皆がハッピーになれる音楽を程よく提供する・流す必要を感じる次第。公共の場所ならば、なお一層、考えたいことである。

 昭和50年12月25日発売というから、筆者がなんと小学校1年生の時のクリスマスである。クリスマスに「およげ!たいやきくん」というのも似つかわしくないと思うが、あの哀愁漂う曲調は冬場にはうってつけ、とにらんでのことだったのかも知れない。あれよあれよで売れに売れて、その筋の専門書を見ると、453万枚売れたことになっている。これまで日本国内で発売されたシングル盤の売上枚数トップである(だった)ことは言うまでもない。どんな大物アーティストでも1曲のシングル盤でこれほどの枚数を売り上げるのはなかなか難しいもので、「およげ!たいやきくん」に続く歴代2位の曲「女のみち」(宮史郎とぴんからトリオ)に至っては、325万枚だから、図抜けていたことがわかる。思い返せば、筆者もねだってドーナツ盤を買ってもらい、家で何度も聴いていたのを思い出す。1枚目を割ってしまい、2枚目を買ってもらったが、これも何かの弾みで割ってしまい、幼い頃ながら、ドーナツ盤のはかなさを思い知らされたものだ。自発的意思でレコードを買ってもらったのは、これが最初と記憶しているので、記念すべき盤を持っていないのは何とも惜しまれる。(どこの家庭でも筆者と同じように2枚買ってもらっていたとしたら、その分売上枚数が増えてもおかしくないような気もする。)(^^; ドーナツ盤→壊れやすい→こどもが聴く・扱う可能性が高い→壊れる可能性も高くなる→2枚目を買う? というフローが成り立つのでは、と勝手に推測してみたりもするが、ともあれ、こうしたこども向け番組から世に出た曲が、日本のトップセールスシングルの座を君臨してきたことは、日本の音楽文化の健全さを示す事例としても誇っていいと思う。

 さて、巷では24年ぶりに、この「およげ!たいやきくん」の記録を塗り替えそう、てな話題で持ちきり。「だんご3兄弟」が売れまくっている。初登場週の週間売上の最高記録はもちろん、破竹の勢いで、「女のみち」の枚数を上回ってしまった。もともとタンゴのリズムが受け容れられやすい日本の文化事情に加え、N社「バザールでござーる」、S銀行「くまのバンクーくん」に通じるあの独特のキャラクターデザインと文字の書体の愛着感、さらに、こども番組によるこども主導の人気・ヒットと来れば、流行らない訳がない。既に「談合3兄弟」「残業3兄弟」といったパロディが出ている(筆者の予想では、京都府北部の観光キャンペーンか何かで「丹後3兄弟」なんてのが出てくるのも時間の問題と読んでいる)ことだし、今年の流行語大賞に当確しそうな予感も十分にある。だんご市場の活性化で景気が良くなろうものなら、その後の好景気は「だんご景気」ってことになりそうだ。いやはや...

 余談だが、皆川おさむが歌ってヒットした「黒ネコのタンゴ」は223万枚売れている。ただでさえ、タンゴは売れるのである。「だんご3兄弟」がどこまで売上を伸ばすか、実に楽しみである。

 日本を代表するシングル盤の話が出たとこで、ちょっと話題を変えて、日本のポップスについて言及したいと思う。先日、実家に眠っていた資料を掘り起こしたところ、1986年暮れから87年初め頃にかけてのFM番組で放送された「ジャパニーズ ポップス ベスト100」に関する筆者手書きの資料が出てきた。エアチェックしながら、一所懸命リスト化したものだが、その放送当時を基準に、その前の15年間、つまり70~80年代の日本のポップスをリクエスト投票した結果といった感じである。当時の人気を反映してか、渡辺美里やTMネットワークが上位に入っているのが特徴的である。さすがに「およげ!たいやきくん」はないが、いわゆる売上枚数によらない、「心の音楽」といった有名曲がラインアップされているように思う。シングル盤で出たものが中心だが、シングル発売されていない隠れた名曲も多数ある。放送でかかったのは、一部の曲だったため、今なお聴き知らない曲も多い。このリストをきっかけに音楽探訪してみようかと思っている。(皆さんが青春時代をふりかえる時のお役に立つことを願って1~100位まで全て載せます。→PDF

☆新年あけましておめでとうございます。本年も「東京モノローグ」どうぞごひいきに。

 第31話で予告した通り、今回は山下達郎7年ぶりのライブ「Performance'98~99」の模様をお伝えします。何を隠そう83年頃からのファンなので、かれこれ16年。人生の半分近くを達郎サウンドと共に過ごしてきた筆者にとって、この第32話は特に思い入れが強くなっており、99年の年頭に持ってくるのに格好の材料とさせていただきました。いささか長文ですが、ファンの人は言わずもがな、そうでない人もご一読願えればと思います。

 10月8日、府中の森芸術劇場のコンサートツアー初日を堪能したのに続き、12月23日は、ファンクラブ会員枠で優先購入したチケットを手に中野サンプラザへ。中野サンプラザは、山下以外にも佐野元春、EPO、吉田美奈子などで来ているが、山下だけで過去3回来ていて、実に今回で4回目になる。ファン歴16年にして、4回というのはいかにも少ない感じがするが、何せコンサート自体7年ぶりであるのと、82~86年は大阪府在住だったため、中野サンプラザには縁がなかったからである。(これでもファンらしくまじめに通っているのである。念のため。) いわゆる通常のコンサートプログラム(「Performance」シリーズ)を、事前に購入したチケットで、ここサンプラザでちゃんと観るのは初めて。しかも会員特権が効いて1階席の3列目なので実に申し分ない。ありがたい限りである。開場と同時に入り、客席中央にあるPAのパネルやMacのPCなどをのぞきこみながら、3列目の席をめざす。府中の森では会員枠がなかったため、2階席、それもステージ向って右の後方だったので、ステージの細部をチェックすることができなかった。今回は1階席の特典を生かし、席に着く前に、ステージのセットをじっくり拝謁できたのはついでながらうれしいことだった。86年は古いアメリカ調の街角、88年は遊園地、91年は停車場、といった具合で、派手さに加え、ステージをめいっぱいに使った「絵」というか「描画」が展開されるのはお決まりごと。今回はヨーロピアンリゾート風のちょっとオシャレな感じで、「夏だ海だ達郎だ」の80年代前半当時の再現といった印象を受ける。セットの店やホテルの壁面には、本人のポスターの他に、ご伴侶 竹内まりやのものもあって、Detailに対するこだわりをつくづく感じた。ちっちゃな噴水も置いてあるが、これが曲の途中でちゃんと水を噴き上げるようにできているのもさすがである。

 さて、18:30開演のところ、大した遅れもなく、いつものごとく一人多重コーラスのイントロが流れ出した。18:40頃である。客席・ステージとも暗くなり、ぐっと昂揚感が高まる。今回のイントロは、新譜「COZY」に入っている「Fragile」のバックコーラス部分をアレンジしたもの。バンドメンバーがひととおり入ってきた最後尾に達郎の姿が目に入ると会場は一斉に沸き上がる。拍手と喝采の中、しばらくイントロが続く。ここまでは今までのコンサートと同じ。そしていつもなら新譜から何か一つ採り上げて、一曲目になるのだが、多重コーラスの余韻が消え入らぬうちにカッティングギターが静寂を破る。おなじみ「Sparkle」である。新譜から、となればそのまま「Fragile」を歌い出しても良さそうなところだが、通常2曲目に来るこの曲での幕開けに、会場も意表を衝かれたようで、どよめきのような声が上がった。(筆者は、府中の森で既に体験済みだったので、ひょうひょうとしたものである。しかし1階席ということもあってか、音圧の違いを感じ、思わず身震いしてしまった。) ここからは、一曲一曲文章で書き綴っていくときりがないので、まずリストアップする。尚、時間はおおよそのものである。

18:43
 |  Sparkle
18:48
 |  Daydream
18:54
 |  ドーナツソング (挿入...19:01~03 ハンド・クラッピング・ルンバ)
19:04
 |  Paper Doll
19:16
 |  群青の炎
19:26
(MC)
19:32
 |  こぬか雨
19:35
(MC)
19:40
 |  夏の陽
19:46
 |  風の回廊
19:51
 |  潮騒
19:56
(MC)
20:02
 |  Stand by Me
20:05
20:06
 |  Close Your Eyes
20:09
20:10
 |  Chapel of Dreams
20:12
 |  煙が目にしみる
20:17
 |  White Christmas
20:18
 |  クリスマス・イブ
20:24
 |  蒼氓
20:37
 |  Get Back in Love
20:43
(MC)
21:02
 |  メリー・ゴー・ラウンド
21:07
 |  Let's Dance Baby
21:16
 |  Loveland, Island
21:25
(Encore)
21:29
 |  パレード
21:34
 |  Funky Flushin'~
21:37
 |  硝子の少年~
21:39
 |  Bomber~
21:42
 |  Funky Flushin'
21:45
 |  RIDE ON TIME
21:56
21:57
 |  Your Eyes
22:01

981223.jpg 山下達郎のコンサートは1曲の長さもさることながら、とにかく全体を通して長い。「Performance'98~99」は全48本。この日で28本目になるが、東京に戻ってきて最初だったということもあって、里帰り感覚もあってか随所で盛り上がり、今回も3時間半に迫る長丁場となった。チケット代「7,500円は高い」と正直思っていたが、時間あたりの単価にすれば、他のアーティストの公演と同等。演奏者のクオリティはもちろん、セットの豪華さも考え合わせればむしろお得である。盛り上げ方もツボを得ているし、何よりファンサービスたっぷりなのがうれしい。常連のファンでないとわからないテイストもあるが、はじめて来る客も十分に楽しめるものと思う。コンサートの観客を顧客とすれば、顧客満足度という点でこれほど高いものを提供できるミュージシャンはそう多くはないだろう。改めてそんなことを感じさせてくれる3時間半だった。

 「Sparkle」はオリジナルとは違うアレンジで毎度演奏されるが、今回は特にしっかり聴かせるアレンジで職人芸ぶりを楽しむことができた。「ドーナツソング」では間奏部分に「ハンド・クラッピング・ルンバ」が入り、会場との一体感が楽しめた。毎回、客を乗せるひと工夫が飛び出すが、この「拍手手拍子」は最高だった。(「ハンド・クラッピング・ルンバ」は大滝詠一の往年の一曲。いわゆるナイアガラ通でないとノリがわからないところがミソである。)

 一人多重コーラスをバックに歌う「アカペラ」はお決まりのメニュー。「Stand by Me」からの3曲は、どれも冥利につきる聞かせぶり。声量・声質ともに衰えを感じさせず、圧巻だった。「クリスマス・イブ」~「蒼氓」~「ゲット・バック・イン・ラブ」の3曲は何と言うか大人のためのヒットメドレーといった感じで心和んだ。

 山下達郎のコンサートは総立ちにならないのが一大特徴。純粋に音を楽しむのであれば、どんなアップテンポの曲であれ、座って聴いていたっていいのである。そんなポリシーを理解した上で来る客が多いから、こっちとしてはありがたいところ。さすがに1階席ともなると盛り上がりがワンランク上(つまり周りはみんなファンクラブ会員だから)であろうから、立ち上がる観客も多いだろうな、と正直冷や冷やしていたが、実際、十八番の「Let's Dance Baby」あたりまで、じっくり聴くことができたのは幸いだった。「メリー・ゴー・ラウンド」の曲中、エレキギターの弦が切れるというハプニングがあったが、達郎本人もそれだけテンションが高まっていたのだろう。このあたりになると、自分でもテンションが高まるのがわかり、こらえきれず踊り出す人が出たのは大いにうなずけた。何せ7年ぶりなので、これまたお決まりのクラッカーが飛び出すかどうか、ちょっと気がかりだったが、全くの心配無用。「Let's Dance Baby」2番の歌い出し「心臓に指鉄砲~」に同調してクラッカーが鳴り渡ると、否応なく会場の一体感は高まるのであった。この曲は洋楽邦楽のいろんなフレーズが差し込まれるのも恒例。今回はアースウィンド&ファイアの「September」が挟まったのが新鮮だった。

 アンコール前後の定番ソングは、全く遜色なく、真骨頂を観る思い。歓声も含めてライブアルバム「JOY」を生で聴いているのと同じ感覚だった。とにかく昔と同じ暖かい歓声があちこちで聞くことができたのは、うれしい限り。ただ、達郎コンサートを知らない人たちがいるのを感じたのは、「LOVELAND,ISLAND」のエンディングで拡声器を使って「~you!」と絶叫する部分と「RIDE ON TIME」でステージ後方に下がってマイクレスで雄叫びする部分(いずれもお決まり)で、純粋に驚きの声が上がったのを聞いてのこと。筆者は慣れたものだが、初めて体験する人にとっては、やはり強烈なインパクトがあるようだ。(今回「RIDE ON TIME」の雄叫びでは余興で銅鑼まで鳴らすという演出ぶり!)

 さて、アンコール後の一曲だが、通例なら新譜から代表的な曲を持ってくる。府中の森では「ドリーミング・ガール」だったので「あぁやっぱり」と納得したが、この日はなんと「パレード」。ライブに乗せやすい曲をラインアップしたということで、こうなったのだろう。続く「Funky Flushin'」からのメドレーで「硝子の少年」が出たのは感動モノだった。(府中の森でも聴いたが、こういうのは何度聴いてもいい。) 国民的なヒット曲はきっちり押さえる、この辺のセンスが顧客満足を高めている要因と思われる。いやぁよかったよかった。

 新譜「COZY」からの曲が少なかったのは、雑誌のインタビュー記事で読んで知っていた(つまり自分で演奏したい曲を中心に編成するという)ので、心づもりはできていたが、今回は「ドリーミング・ガール」も抜けてしまったため、「COZY」全15曲のうち、ライブで演ったのは2曲どまり。やはりちょっと寂しいところ。長野五輪のサブテーマ曲「ヘロン」、隠れた名曲「邂逅」、シングルヒット曲の「Magic Touch」、これに「BLOW」が加われば言うことないのになぁ、と思った。とはいえ、過去の代表曲を網羅しての全26曲。これはベストライブと呼んでいいと思う。

 繰り返しになるが、「Performance」シリーズは7年ぶり(MCでは7年と言えばセミの一生、と本人も苦笑していた)の再演。思えば筆者、この7年の間に2度の転勤、結婚、マイホーム、30才の誕生日と個人的にいろいろ大きなことがあったので、その歳月の重さに感じ入り、ひとしおの感慨を覚えたのであった。だが、前回の「Performance'91」に思いを巡らすと、ついこの間のことのように回想される。つまりそんな7年の本来なら重たい筈のブランクを全く感じさせないすばらしいライブコンサートだった訳である。見事なカムバック(リハビリ中?と本人は言っていたが)と称したい。次はいつお目にかかれるかが気がかりだけど...

 1993年1月、武道館でのコンサートで自身の音楽活動の凍結を宣言した角松敏生。ここ5年半の間、VOCALANDやAGHARTAのプロデュース、長万部太郎の名での「WAになって踊ろう」のヒットメイキング、と活動は続けながらも、その宣言通り、本人の名を表に出すことはなかった。「角松敏生」の名を目にしなくなって久しかった訳だが、昨年あたりからデュエットソングなどで出始め、活動再開の兆しを何となく感じてはいた。しかし、まさかこんな急ピッチで、コンサートツアーが始まるとは。解凍とでも言おうか、思いがけず早い活動再開だったが、ファン歴14年の筆者にとっては実に喜ばしい話である。

 東京都内外の数あるコンサートホールはだいたい体験してきたものの、大宮ソニックシティホールは今回が初めてだったので、好都合だった。とにかく出かけてみるまでは、コンサートツアーのタイトルが「He Is Back」と言うことも知らなかったので、「He Is Back」と掲げてあるのを見た時には余計胸躍った。

 会社帰りで直行となると、開演時間に間に合わせるにはさすがにタイトである。多少の遅れを見越して、何とか18:45にホール内に入ったら、ちょうど幕が上がるタイミングだった。何やらステージ後方で聞き覚えのあるフレーズが...「Love is you, Love is me, Love is neighbor, Love is everything...」おやおやオープニング早々、「No End Summer」のエンディングとは。その歌う様は、山下達郎が「RIDE ON TIME」をライブでやる時のお決まりである「雄叫び」然としていて、なかなか憎い演出である。

 さて、一曲一曲文章で書き綴っていくとややこしいので、まずリストアップする。時間はおおよそのものである。(太字は特に良かった曲)

18:45
 |  No End Summer(Reprise)
18:47
 |  Lucky Lady Feel So Good
18:52
 |  飴色の街
18:58
 |  Melody For You
19:03
(MC)
19:09
 |  Desire
19:17
 |  Distance
19:25
(MC)
19:29
 |  alright(新曲)
19:34
19:35
 |  何もない夜(新曲)
19:40
 |  (小林信吾ピアノソロ)
19:43
 |  角松DJコーナー(ターンテーブル+エレキドラム)
19:49
 |  ALL IS VANITY
19:56
(MC)
19:58
 |  Realize
20:03
 |  OKINAWA
20:07
 |  Remember You
20:11
 |  Never Touch Again
20:16
 |  After 5 Clash
20:23
 |  初恋
20:29
 |  もう一度...and then
20:38
(Encore)
20:45
 |  Girl in the Box
20:52
(MC)
20:56
 |  Take You To The Sky High
21:01
21:02
 |  No End Summer
21:09
(More Encore)(MC)
21:18
 |  崩壊の前日
21:29

 「Lucky Lady Feel So Good」から当然の如く、総立ち状態になる。それはいいのだけれど、一階の左側後方の席だったせいか、ステージ向って左のエレキベース音がやけに耳に付く。その一方、ドラムスが効いてないものだから、角松ならではのビートの刻みが伝わってこなくて、本人も歌いにくそうだった。「飴色の街」はコンピュータシーケンスの小気味いいリズムが売り物なのだが、これまた活きてない。音量は十分過ぎるくらいなので圧巻なのだが、ちょっと肩透かしを食った感じだった。次の「Melody For You」は、1984年のアルバム「Gold Digger」に収められているもので、リゾート感・ドライブ感を堪能できる佳品である。この曲が聴けるとは思っていなかったから、嬉しかった。ただ角松自身、まだ歌に乗りきれていない感じだったのと、サックスが出過ぎていたのが残念だった。

 最初のMCでは、5年ぶりのステージということもあって、5年間どういう思いで過ごしたか、そして時間について思いを巡らした結果、時間の感覚は結局は精神面が左右することに思い到った、なんていう話になった。同じ時間が経つのでも、楽しい時は早く、苦しい時は遅く感じるものだと言う。とにかく5年という歳月を経て、成長して、わだかまりが解けたのだろう。旧作に対する思い入れを持てるようになったと語りが続き、そうした時間に対する思いを歌う意味で、バラードを2曲と相成った。

 こっちも旧作から耳が遠のいていたこともあって、「Distance」の方はタイトルがなかなか出てこなかった。本人としても時間が作るブランクを感じながらのステージだったに違いない。それ故、出だしからしっくり来ない面があったのだと思う。

 バラード後は、「ここからコンサート中盤」とのおふれ。それは早いとクレームが飛ぶ中、アルバム発売に合わせたコンサートツアーを組んでいたところ、何たるや鉄砲水?の仕業で曲が台無しになり、CDシングル1枚のみを引っさげてのコンサートになったと言う。CDという形で世に出るのはお流れになってしまったが、ストックしていた2曲の新曲で始まり、お家芸のターンテーブルを使ったスクラッチが飛び出すなど、中盤はエンターティメント性たっぷりで盛り上がりを見せた。ターンテーブルとエレキドラムと来れば、そのままメドレーで「Tokyo Tower」に行くしかなかろうと思いきや、ここは大宮。「Tokyo Tower」とは行かず、「ALL IS VANITY」へと曲を変えたのには意表をつかれた。ここまで来て、だいぶ肩の力も抜けたらしく、いよいよ終盤。40分通しで、一気にたたみかけて「ダンスの角松」の面目躍如といった態だった。上記リストで太字で記したが、「After 5 Clash」と「もう一度...and then」は原曲よりもビートの密度が濃いせいもあり、聴き応えがあり、特に良かった。聴く人によっては懐かしさを感じる終盤のラインアップだったのではないかと思う。角松がやや老け顔になったのは遠目から見てもわかったが、この終盤は昔のエネルギッシュな姿がダブるようなそんな印象を受けた。「やき直しと言われようと、とにかくストレートに演奏したい」、終盤前のMCで語っていた言葉につくづく納得してしまった。

 アンコール後、姿を見せた角松は、開演から同じ赤のスーツ上下。普通なら衣装替えするはずなのに、と思っていると、何でも今日7/24は赤の日で、昨日7/23の神奈川県民ホールは青の日。つまり、テーマ色を設けて、赤と青で演目を変えているのだと言う。衣装を変えない訳である。角松関係のホームページをいくつかのぞいてみると、7/23の演奏曲は確かに違っている。段取りの覚えが悪くなったと言っていたが、無理もないことだと思う。譜面らしきものを繰っていたのもようやく合点が行った。

 「Girl in the Box」は歌い出しでトチったのが脱線の始まり。奏者全員ステージ狭しと走り回るは飛び跳ねるはの盛り上がり大会となり、お次の「Take You To The Sky High」では客席からステージめがけて紙ヒコーキが怒涛の如く飛ぶは舞うはで、全くお祭り騒ぎなのだが、実はこの2曲でのこのシーンは昔からのものなので、5年経っても変わらず再現されたということが実に意義深く、感動的なのである。本人も紙ヒコーキの膨大な量に圧倒されながらも、再び観客と同じ時間が共有できる、即ちステージに立てる、という手応えをつかんだようで、何となく感涙していたのがわかった。ラストの「崩壊の前日」は、震災に見舞われた親友を訪ね、神戸に行った時に感じたことを歌にしたもの。震災直後の神戸は、復興に向けた確かな目的意識があり、見た目には惨澹たるものの、逆に町自体は生き生きしていたことに感銘を覚えたと言う。そんなこともあって、「みんな生きているんだ、明日はまた来るんだ」という実感を得て、活動再開となったと語っていたのが胸に残った。

 「He Is Back」の題幕が降り、客席が明るくなると、紙ヒコーキの散らかりようがやたら目に付く。拾って帰ろうかと思ったら、「片付けのため客席から退出ください、アンケートを書く場合もロビーでお願い...」とのアナウンス。紙ヒコーキの紙はリサイクルに回されるんだろうか、などとコンサートの余韻もどこへやら、要らぬ心配をしながらもひとまず退場した。

 ともかく活動再開を祝うと同時に、これからも引き続き声援を送ろうと思います。(しかしフルアルバムはいつ出るのだろう?)

 「東京モノローグ」と名づけたこのコーナー。いまさらながら名前の由来を語らせてもらえば、メトロポリタンテレビ(14ch)で夜、放映されていた「東京モノクローム」という番組にヒントを得たのと、巷に「東京○○」というのが何かと耳目に付くようになったのを受けてのことで、あまり大した意味がある訳ではない。東京は筆者の故郷でもあるので、日常の東京(及びその周辺)での生活を書き綴ることで、何となく東京への愛着を示したい、という意図はあるが、正直なところ、書きたいことを筆に任せて書いているだけである。

 今回は従来路線をちょっと変えて音楽の話を少々。筆者地元の赤羽で、駅に最も近い図書館と言えば、西友・ダイエー界隈にある赤羽会館にある図書館だが、ここで貸し出しているCDは、時々筆者好み、かつ新作に出くわすので重宝している。世田谷区、品川区に住んでいた頃は、なかなか借りられなかったものも、北区の図書館では容易に手にできる。たまたま赤羽近辺にはその手の音楽愛好家が少ないのか、それとも単に筆者が年をとり、流行音楽から遠ざかりつつあるからか、は定かでないが、ともかくありがたい限りである。

soulkitchen.jpg 佐藤永子なんて書くと誰のことだかわからないと思うが、EPOと言えば、知っている人は増えるだろう。「DOWNTOWN」や「土曜の夜はパラダイス」が某番組のエンディングでかかっていたのを聴いて、そのポップさと歌声の良さに魅了されてかれこれ15年。お気に入りのシンガーソングライターの一人であるが、そのEPOが今年3月に出した新作CDを今回は借りることができた。その名も「ソウルキッチン」。しかしながらアルバムタイトル曲は収録されていない。つまり10曲ある作品全体のイメージを総称してアルバムタイトルにしたようである。なかなか味なタイトルだと思う。

 出たての頃のどこかの音楽評論に、「前作までどこか型にはまったような感じがあったが、それが見事に解き放たれている。自分が本来やりたかった音楽に帰着したようだ」とあったのを思い出す。なるほど確かに、1曲目からこれまでと違う伸びやかさやリズムが感じられる。...最初に出かけたEPOのコンサートは、今から10年前。まだポップシンガーとして名を馳せていた時期である。その後しばらくポップ調が影を潜めた感があったが、91年に英国ヴァージンレコードとの契約で「FIRE&SNOW」なるアルバムを発表。ここに収録された各曲の洗練されたリズムやビートは90年代EPOの新境地を感じ、また心地良いポップスが聴けると期待させる力作だったが、このアルバムのラストの曲「赤い川」は日本の伝統民謡を彷彿とさせるもので、他の曲と趣を異にしていた。実はこのラストの一曲が、今にして思えば、90年代EPOの音楽の原点だった、と言っていいと思う。2回目にコンサートに足を運んだのは92年の末。「FIRE&SNOW」とは打って変わって天然というか自然体になった次のアルバム「Wica」をひっさげてのコンサートである。当然アコースティックなバンド編成なのだが、何かしっくりこない。5年前のPOPなEPOはどこへやら、といった感じで少々拍子抜けしたのを覚えている。もっともこの時に書いて出したアンケートがきっかけで、その後できたEPOのファンクラブに入会することになったり、会員向けのプライベートなライブにも行けたので、ご縁はあったのだが、何となくここ5年程、EPOの音楽に違和感があったのは確かである。前作「DANCE」で多少、昔ながらのポップ感が戻ってきたようにも思ったが、今聴いている「ソウルキッチン」の方が優っている。評論の言う通りだと思ってしまった。

    1. 「BLEEDING HEART」:何より歌唱が力強いし、バックも歌を盛り立てている。シングルカットしてもよさそう。
    2. 「soramimi」:スチールドラムが耳に残る。ポップなリズムが帰ってきた感じ。
    3. 「Nonane」:詞なき歌声に、重く響くギターが調和する。
    4. 「月のない夜」:近作でよく出てくるなつかしい民謡調の曲だが、ピアノだけの単調さをトロンボーンが巧くカバーしている。
    5. 「イワンのばか」:音が重なり、グルーブが高まっていく展開。8分近い大作。
    6. 「寂しくならない別れの言葉」:ポップで心地良い。特にストリングとグロッケンが効果的。エンディングもいい。
    7. 「聖き彼の人」:気持ちが落ち着く一曲。宗教音楽的だがパーカッションが荘厳さを抑えて程好い。
    8. (1曲飛ばして...)
    9. 「Wonderful Life」:某発泡酒のCFで流れている曲。CFバージョン(シングル版)と異なり、よりブギウギっぽい仕上がり。
    10. 「心の旅」:(特にコメントなし)

 肩の力が抜けた自然体な感じは残しつつ、力強さやポップ感、それにビート感が加わったのが喜ばしい。「ソウルキッチン」と名づけたのは、魂をこめつつも、自由自在に音楽を調理したい、調理できるようになった、という気持ちの表れかも知れない。そのうち買い求めに行こうと思う。(ちなみに筆者愛聴のEPOソング上位3曲は、3.疑似恋人達の夜、2.真夜中に2度ベルが鳴って、1.雨のケンネル通り、である。どうやら80年代EPOにまだ傾倒しているようだ。)

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